あるきろく20200606
2020年6月6日 あるきろく 都道をあるく(第5回)
新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、4月・5月はあるきろくも自粛いたしました。
3月21日以来、2か月半ぶりのあるきろく。
今日は、都道6号線をあるきます。
都道6号線は、ここ大森警察署前交差点で、国道15号線(第一京浜)と分岐してスタートします。
起点から、大鳥居交差点までは国道131号線との重用とのことで、しばらくの間、道路標示も「国道131号線」として先を進みます。
街路灯に貼られているステッカーの管理番号も、「6」ではなく「131」でした。
ここで初めてヘキサゴンで「6」号線の表示が現れました。
大鳥居交差点は、環八通りとの交差点で、左折すると羽田空港、右折すると蒲田を抜けたのち、これまでに歩いた都道2号(田園調布署前交差点)、都道3号(三本杉陸橋)、都道4号線(四面道交差点)などと交差します。
ここまで重用区間の相方であった国道131号線は、ここで左折し、環八通りとして羽田空港へ向かいます。
大鳥居交差点から単独の都道6号線となり、街路灯の管理番号も「6」となりました。
距離ポストを発見しました。
大鳥居交差点あたりにもあろうかと捜索しましたが、発見できず、ここで本日初めてお目にかかりました。
主要地方道である都道6号線、起点から0.3km・・・ということは、公的には起点は大鳥居交差点ということなのでしょうか?
目の前には大師橋。
多摩川を超えると神奈川県に突入です。
それにしても、ものすごい勾配です。
大師橋を「上っていきます」。
写真で見ても、急勾配であることがよく分かります。
大師橋の中ほど、坂を上り切ったところにモニュメントがありました。
旧大師橋を偲ぶものです。
さて、都道2号線も都道3号線も東京都から神奈川県へ渡り、そのまま県道2号線、県道3号線となりましたが、ともに多摩川を渡る橋の中央部には都県境を示す看板がありました。
でも、大師橋のこのモニュメントの辺りをいくら探しても、都県境を示すものが見つからないのです。
帰宅途中に、電車に乗りながら地図を見ると、この辺りの県境は大きく蛇行していて、大師橋では、すでに通り過ぎた「大師橋」の文字が書かれた辺りが都県境であったようです。
気付かぬうちに神奈川県に突入していたわけですが、多摩川を渡り切り、標識により、改めて神奈川県に突入したことを認識します。
国道409号線と交差します。
左折すると、東京湾アクアラインです。
いいものにお目にかかることができました。
この3月に、京浜急行電鉄では6つの駅名が改称されました。
改称よりも、この地上線の跡がいい味を出しています。
現在はこの地下を電車は走っていますが、線路の残るこの風景をいつまでも残してほしいものです。
国道132号線と交差する、塩浜交差点です。
今回のあるき始めは、国道131号線との重用区間でしたが、その国道は大鳥居交差点から羽田空港へと向かって分かれていきました。
ここで交差する国道132号線は川崎港を目指す道路です。
Wikipediaによると「港国道」という言葉があり、説明として「日本の重要港湾・飛行場と主要国道を結ぶ一般国道について、国道愛好家が名付けた俗称」とあります。
国道131号線、132号線ともに、この「港国道」と定義される路線とのことです。
「産業道路」という名称だけあって、広い通りを大型ダンプカーがひっきりなしに走っていきます。
したがって、ほとんどの交差点に、立派な歩道橋が設置されています。
ゴミ…
さらにゴミ…
またもやゴミ…
ゴミだらけ…
塩浜交差点辺りから、この先鋼管通り交差点辺りまで、このような状況が続きます。
車道と歩道の間に樹木が生い茂り、車通りが多い中、環境を保つための整備はされているのですが、それを破壊するかのように絶え間なくゴミが投棄されています。
あと一つ言わせていただくならば、くわえタバコの自転車がものすごく多い、です。
あるいていて、あまり楽しくはなかったですね、残念ですが…。
今日は、6号線をあるかないと、7号線に辿り着けないからあるいている、という感じになってしまいました。
左手にはバスロータリーがあり、その先の線路を越えると、JFEスチール(←日本鋼管)の工場などがあります。今もなお、昔の名前が地名として残っています。
この交差点を右折して国道1号線に至る道路は、「市電通り」とこれまた昔の名前で出ています、状態です。
【川崎市電】
開業:1944年
廃止:1969年
京急川崎駅辺りから国鉄川崎駅前を通り、日進町交差点からは市電通りでこの鋼管通り交差点に。そしてここまで歩いてきた県道6号線を川崎臨港警察署前交差点まで戻り、塩浜へと至る総延長6.7kmの路線。
廃止されて51年経ちながら、そのままに名称が残っているのはすごいですね。
立川方面から川崎に向かって南武線に乗ると、川崎の一つ手前の尻手から、通称「南武支線」がこの浜川崎へと分かれていきます。
いま初めて、浜川崎駅にこのようにお目にかかったのですが、目の前に聳える高架線(貨物線)の裏側には、JR鶴見線の浜川崎駅が隠れています。
工場の間を抜ける貨物線やら、通勤客を運ぶ旅客線やら、いろんな線路が絡み合う、非常にカオスな地帯です。
首都高の入口もある交差点です。
標識では、左折するとJR鶴見線の武蔵白石駅へと向かうとのことですが、地図を見ると「米海軍貯油所」という記載に目が惹かれます。
左折すると「末広町」とありますが、実はそこにはあのDASH海岸があります。
これも、あるいていた時にはつゆ知らず、帰宅後に地図を見て知ったことではありますが。
それにしても、右折しての「潮風大通り」。光るネーミングセンスを感じずにはいられない今日この頃です…。
生麦ジャンクションです。
ジャンクションの下、生麦交差点で県道6号線は右折します。
ジャンクションの下の大きな交差点です。
この交差点には横断歩道がなく、自転車も歩道橋を渡らなくてはなりません。
2つの歩道橋をL字に渡り、西向きから北向きに方角を変えてあるきます。
正面の交差点は丁字路ですが、右も左も国道15号線です。
つまり、あるいてきた県道6号線はこの交差点までです。
小さく写る県道6号線標識は、片矢印型です。
つまり、ここからですよ、という印です。
ということで、本日のあるきろくはここまで。
時間はおよそ2時間40分、歩数はおよそ19,700歩、距離は17kmでした。
都道6号線、県道6号線を通じて、自立のヘキサ標識は今回もありませんでした。
(矢印を兼ねた標識は、神奈川県に入ってから見かけましたが)
さて次回は、都道7号線(杉並あきる野線)をあるきます。
支線を含めると、その総延長は59.2kmであり、都道の中で最長の路線です。
基本は「五日市街道」をトレースするようあるこうと思いますが、1日であるき終えることは可能でしょうか…。