あるきろく 〜お散歩日記〜

47歳おじさんの歩き録です

あるきろく20210607

2021年6月7日 あるきろく 都道をあるく(第22回)

 

梅雨っぽい天気です。
梅雨入り宣言は出ていませんが…。

 

今回は、都道29号立川青梅線をあるきます。
前回の結びでは、日野橋交差点からあるくか、勝沼交差点からあるくか考えるとしましたが、日野橋交差点からあるくことにしました。

 

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7:23 日野橋を渡り、日野橋交差点へ向かう

自宅からは京王線多摩都市モノレールを乗り継ぎ、甲州街道駅からあるいて日野橋交差点へ向かいます。
現在は都道256号線となりましたが、数年前まで国道20号線であった名残りとして、日野橋にはいくつも国道20号線の距離ポストがありました。この辺りは、日本橋から37km前後の位置になるようです。

 

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7:28 新奥多摩街道である都道29号線

大型五差路である日野橋交差点です。
まず起点ポスト探しですが、新奥多摩街道である都道29号線の起点ポストはすぐに見つかりました。ご丁寧に、そのすぐ先にヘキサが立っています。
でも今回は、こちらはあるきません。
奥多摩街道である都道29号線をあるくことにしています。

 

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7:29 東京都道・埼玉県道16号立川所沢線の起点ポスト

あるきろく20201231もここからのスタートでした。
耳がちぎれそうに寒かったことを思い出します。
奥多摩街道である都道29号立川青梅線は、正面の白い建物の右側です。

 

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7:30 奥多摩街道を青梅に向けてスタート

一旦交差点を渡り、奥多摩街道とは対角線の位置から写真撮影。
奥多摩街道甲州街道とが交差する標識を収めます。
2枚目の写真を撮影し、ようやくスタートです。

 

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7:33 0.1kmポスト

これを見つけると、気持ちが落ち着きます。

 

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7:35 旧甲州街道との分岐点

日野橋交差点からここまでは、旧甲州街道でもありました。
甲州街道甲州道中を諏訪から日本橋まであるいたのも、懐かしい思い出です。
ここでは、あるきろく20200113にて10:06に通過しています。

 

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7:39 多摩モノレール通り

ここで右折して5分ほど歩くと立川駅です。
あるきろくはモノレールの線路の下を通って、西へと進みます。

 

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7:47 中央本線を乗り越えます

モノレールの次は中央本線です。
立川駅を出て掘割を走る中央本線を、都道29号立川青梅線が乗り越えていきます。
写真は多摩川方面を写しています。

 

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7:50 1.8kmポスト

ここまでの距離ポストは、0.1kmと同じ金色のもので、数字だけが書いてあるものでした。ここで初めて青いポスト(埋め込みは同じですが)で、かつ主要地方道29号であること、そして「支01」との記載がありました。
ということは、新奥多摩街道が本線扱いなのでしょうか?

 

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7:59 昭島市に入ります

スタート後およそ30分で、立川市から昭島市に入ります。

 

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8:11 4kmポストと多摩大橋通り

和田橋北交差点で都道59号八王子武蔵村山線、東京都通称道路名多摩大橋通りと交差します。都道59号線は、八王子市大和田町国道20号線との交差点から、武蔵村山市内の都道5号線との交差点を結ぶ道路です。来年あたりあるくことになると思います。
そしてちょうどこの交差点に4kmポストがありました。

 

 

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8:22 宮沢交差点

都道29号線同士、奥多摩街道新奥多摩街道が交差する交差点です。
ここまで奥多摩街道河岸段丘の上を崖線に沿ってクネクネとここまでやってきました。一方の新奥多摩街道は、多摩川に近い低地をバイパス新道らしく一直線でやってきました。ここで南北の位置関係が変わります。

 

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8:25 八高線をくぐります

 JR八高線の線路をくぐります。
それよりも気になる「くじら運動公園」の看板…。
いまから60年前の1961年8月20日八高線鉄橋付近の多摩川河川敷土中から、全骨格のクジラの化石が見つかったことに由来するそうです。
約200万年前の地層の中から見つかったとのことですが、この頃はこの辺りも海だったということですね。

 

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8:39 拝島町交差点

国道16号線と交差する大きな交差点です。
国道16号線は、緩やかな坂の上で新奥多摩街道とも交差しています。
その交差点を越え、その坂を下ってこっちにやってくる車は、どれも相当なスピードで突っ込んできます。

 

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8:42 拝島大師

金色眩しい寺院が突如現れました。
拝島大師は、天台宗の仏教寺院で、正式名称は本覚院というそうです。
本尊として祀る良源は、比叡山延暦寺の中興の祖と言われているそうです。 
駐車所の入口から撮影しましたが、この後見かけた南大門の壮大な構えには圧倒されました。

 

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8:54 拝島三叉路

ここでY字路が現れます。
どちらに進んでも都道29号線ですが、奥多摩街道は左側なので、そちらに進みます。
真っ直ぐ進むと、数百m先で新奥多摩街道に合流します。

 

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8:58 福生市に入ります

「福」が「生」まれる縁起の良い名称の福生市です。
江戸時代にはすでに「福生」という地名があったようですが、それより前の時代の文書では「古佐」と記されているものもあるようで、地名としては音が先行し、後から縁起の良い字を当てはめたようです。
とここまで書いてきましたが、東京都西部に馴染みがないと読み方が分からないですかね?
「ふっさ」市と読みます。

 

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9:07 内出交番前交差点

1枚目の写真では、直進方向は車両通行止めになっていますが、こちらが都道29号線&奥多摩街道です。
右に曲がると数mで新奥多摩街道である都道29号線に合流します。
どちらを進んでも3枚目の写真、内出交番前交差点の手前で合流し、すぐに都道7号線のバイパスである睦橋通りと交差します。
あるきろく20200723で都道7号線をあるいたときには、ずっと五日市街道をあるきましたので、ここは初出となります。

 

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9:17 鍋ヶ谷戸交差点

ここで再び奥多摩街道新奥多摩街道とは分かれて進むことになります。
鍋ヶ谷戸の由来が、福生市観光協会webサイトにありました。
「きつねと福なべ」という昔ばなしとして。

 

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9:19 JR五日市線 熊川第二踏切

鄙びた雰囲気漂う踏切です。

 

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9:25 牛浜交差点

あるきろく20200723以来の牛浜交差点。
都道7号線(五日市街道)との交差点です。
都道7号線は、この交差点を過ぎると段丘を駆け下り、多摩川を渡る準備に入ります。

 

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9:33 清巌院橋から玉川上水を眺む

この辺りから玉川上水の流れも開けてきて、空と同じフレームに収まるようになります。晴れていれば、もっときれいに目に映ると思います。

 

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9:39 距離ポストの正しい在り方とは?

玉川上水に沿って進むこの辺りでは、距離ポストがこのように壁に埋め込まれていました。

 

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9:48 羽村市に入ります

今回は立川市をスタートして、昭島市福生市と来て、ここからは羽村市です。
上に見える「羽村市」の標識の左下に、なんと「羽村町」の標識が。
市制施行が東京都の中でも後発であった(平成3年)羽村市ですが、そうは言ってももう30年が経ちます。
西東京市で見つけた「保谷市」の痕跡よりはマシだろうか…?
(ちなみに、保谷市田無市の合併による西東京市の誕生は20年前でした。)

 

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10:01 玉川上水 羽村取水堰

あるきろく20200126で通った四谷大木戸までの42.74kmの起点となる、玉川上水羽村取水堰です。
玉川上水は、あるきろくでもたびたび登場しますが、木々に覆い隠された細い流路という雰囲気です。しかし、江戸時代には江戸市中の飲料水確保のため、重要な上水だったのですね。

 

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10:17 15kmポスト

日野橋交差点から15kmです。
羽村西小学校の脇に立っていました。

 

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10:34 青梅市に入ります

今回最後の自治体である青梅市に突入します。

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10:36 新奥多摩街道との合流点手前の距離ポスト

この16.6kmポストの先、河辺東交差点で新奥多摩街道と再び合流します。
ひとまず、奥多摩街道側の都道29号線の最後の距離ポストということで。

 

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10:38 河辺東交差点

1枚目の写真は、先ほどの16.6kmポストを過ぎてすぐのところからの撮影です。
右から新奥多摩街道がやってきます。
2枚目の写真は、新奥多摩街道側に移って青梅方面を写しています。
電柱の足元に距離ポストがあるので、それをアップで写したのが3枚目の写真。
「終点」および「支3」の表記と16.55km地点であることがこれで分かります。
ここまであるいてきた奥多摩街道の1.8kmポストに「支1」の表記がありましたが、どれが本線で、支線はいくつあるのか、など、またわからないことが出てきてしまいました。

 

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10:40 合流して最初の距離ポストから振り返る

2つの都道29号線が合流してから最初の距離ポストは16.7km。
ここから来た道を振り返ります。
右が奥多摩街道、左が新奥多摩街道です。

 

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10:56 青梅マラソンスタート地点

青梅マラソンは昭和42年を第1回として、10kmの部、30kmの部とで実施されている大会です。
公式ホームページを見て知りましたが、「マラソンの普及と強化」を目的に、また昭和39年の東京オリンピックで活躍した「円谷選手と走ろう」を合言葉に、誰もが参加できる大衆マラソンとして始まり、10kmの部には155人、30kmの部には182人が参加した、とのことです。
もちろん第1回大会には参加した円谷選手ですが、次年度の第2回大会に参加することはありませんでした。

 

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10:59 都道5号線をオーバークロス

あるきろく20200321で、この下の道をあるいていきました。
都道5号線はここから終点まで20分ちょっとでしたが、こちら都道29号線はあとどれくらいあるくのでしょうか?

 

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11:02 青梅市役所先で見つけた支線5の起点ポスト

ここでも都道29号線が二手に分かれます。
奥多摩街道は右手になりますが、支線の起点としてポストが埋まっていました。
18.61km地点です。

 

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11:08 19kmポスト

JR東青梅駅の南口ロータリーを越えてすぐ、19kmのポストがありました。
植込みに半分顔を隠していたので、手でかき分けての撮影です。

 

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11:09 「支5」との合流地点の距離ポスト

青梅市役所の先で分岐した「支5」と合流します。
ここにあった距離ポストは19.05kmの表示です。

 

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11:11 この先丁字路、左右は都道28号線

終点が見えてきました。

 

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11:13 勝沼交差点

都道29号立川青梅線の終点、勝沼交差点に到着しました。
先週、あるきろく20210530でもここを通過しています。

 

 

ということで今回のあるきろくはここまで。

 

スマートウォッチの計測では、

 時間:3時間45分

 歩数:およそ2万9千歩

 距離:約21km

でした。

 

 

さて次回は、欠番の「30」を飛ばして、都道31号青梅あきる野線です。
これもまた、前回のあるきろく20210530でその起点を通過しています。
また青梅を訪れることになります。


あるきろく20210530

2021年5月30日 あるきろく 都道をあるく(第21回)

 

初夏です。
前回から2月半空いてしまいました。

今回は、東京都道・埼玉県道28号青梅飯能線をあるきます。
あるきろく20190505で、飯能から青梅を通って五日市まであるきましたが、その時にあるいた道の多くを今回あるくことになります。

 

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5:59 青梅市文化交流センター交差点

 

青梅街道である国道411号線と旧青梅街道とが合流する交差点がスタートです。
地図では「青梅市民会館前」という交差点名称ですが、新しい建物が建つのに合わせて交差点名称も変更したようです。
なお2枚目の写真は、国道411号線の南方を眺めたものですが、向こうに小さく見える交差点は、都道5号線の終点です。あるきろく20200321で訪れています。

 

 

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6:03 青梅駅

 JR青梅線青梅駅です。
青梅線は、その昔明治27年に開通した青梅鉄道を起源とします。
この駅舎は大正13年に、青梅鉄道本社として建てられたものということで、もうすぐ100年になろうかという歴史的建造物です。

 

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6:06 住江町交差点

都道31号線である秋川街道との分岐点です。
次回は都道29号、都道30号は欠番ということで、都道31号は次の次にあるきます。

 

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6:07 今回初めての距離ポスト

0.7kmにして初めての距離ポストです。
これを見ると、正しい道を歩いていることを確認でき、安心します。

 

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6:13 勝沼交差点

都道29号立川青梅線奥多摩街道との分岐点です。
東京都通称道路名における奥多摩街道は、ここ勝沼交差点を起点とし、立川市の日野橋交差点へ向かいます。
一方、道路法による主要地方道東京都道29号線は、日野橋交差点を起点とし、ここ勝沼交差点を終点とする、とのこと。
次回あるくわけですが、どっちからあるくべきか…?

 

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6:15 成木街道入口交差点

旧青梅街道は直進しますが、都道28号線はここで左折し、成木街道を名乗ります。

 

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6:31 青梅市根ヶ布

成木街道に入って初めての距離ポストは2.4kmでした。
鳥のさえずりは絶え間なく響き、眼前には山。
気持ちよくあるいております。

 

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6:48 黒沢二丁目交差点

ひと山越えて下っていくと、成木街道はここ黒沢二丁目交差点で、左右に走る小曽木街道と交差します。
しかし、主要地方道としては、東京都道・埼玉県道28号青梅飯能線と東京都道・埼玉県道53号青梅秩父線とが、「X」字に接することになります。
この交差点には、都道53号線の2.5kmポストと都道28号線の4.1kmポストの両方がありました。

 

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6:58 5kmポスト

新緑まぶしい山里ですが、ここは東京都です。

 

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7:26 岩蔵温泉交差点

右折するといくつか旅館があるようです。
日帰り施設はあるのかなぁ…。

 

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7:42 埼玉県に入ります

成木川を渡ると、埼玉県となります。
東京都内の距離が如何ほどか、と距離ポストを探そうと思っていましたが、探すも何も都県境にありました。9.0kmでした。

 

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7:53 ヘキサ第1号 

埼玉県に入り10分ほど歩くと、今回初めてのヘキサ標識に出会いました。
埼玉県は距離ポストの設置は少ないですが、ヘキサはそこそこの本数を見かけます。

 

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8:03 ヘキサ第2号

わずか10分後に2本目のヘキサです。
これはお祭りの予感…?

 

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8:09 右折する県道28号と、とてもきれいな直進道路

先ほどのヘキサを過ぎたあたりで、爆音を轟かせながら跳ね馬が走っていきました。
前に数台の車が連なっていたので、全然スピードは出ていないのですが。
さて、とてもきれいな道路が緩く曲がりながら前へ向かっていくのに対し、県道28号は信号もなく不自然に右に分岐します。
2枚目の写真の通り、右折したのち振り返ると、もともとはこちら側に来る道路のみがあって、先ほどのきれいな道路ができたときに主従関係が変わったんだな、と分かりました。

 

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8:15 岩根橋を渡り市街地へ

入間川岩根橋で渡り、飯能の市街地に入ります。

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8:31 東町交差点

市の中心部をしばらくあるくと、頭上の標識には「28」の数字が消えました。
直進すると県道185号、左右は国道299号、ということでこの交差点が終点です。
右折し国道299号線に入ると、すぐそこに西武鉄道秩父駅があります。

 

 

ということで、東京都道・埼玉県道28号青梅飯能線のあるきろくはここまで。

 

スマートウォッチの計測では、

 時間:2時間32分

 歩数:およそ2万歩

 距離:約14.5km

でした。

 

さて次回は、都道29号立川青梅線をあるきます。
勝沼交差点のところでも書きましたが、どちらからあるこうか考えます。
日野橋から?勝沼交差点から?

あるきろく20210313

2021年3月13日 あるきろく 都道をあるく(第20回)

 

気合を入れて、今週4回目のあるきろく。

 

今回は、都道25号飯田橋石神井新座線をあるきます。

 

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6:45 飯田橋交差点(JR飯田橋駅前)

あいにくの雨です。
背中のリュックも含めて、ポンチョに身を包んでスタートです。

 

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6:49 起点ポスト

飯田橋交差点を歩道橋で渡り、その歩道橋の下で今一度進むべき道を確認し、もう一つ横断歩道を渡って、起点ポストの撮影です。

 

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6:58 神楽坂

神楽坂上の交差点を右折し、神楽坂の商店街に入ります。
自分はあまり馴染みがないのですが、大正から昭和初期にかけては花街としても栄え、また多くの文人に愛され、小説の舞台にもなっていたようですね。
確かに左右に伸びる路地の奥には、風情ある建物などがちらほら見えました。

 

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7:00 1kmポスト

大雨かつ上り坂ではありますが、最初の1kmは11分と、なかなかのペースで入れました。

 

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7:08 弁天町交差点

写真を撮る短い時間でしたが、両手を使うために傘を置いていたら、すぐにびしょびしょになりました。
交差する通りは、名称の通りに左折すると明治神宮外苑の東側を通り、青山一丁目、六本木を抜けて麻布十番に向かいます。

 

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7:17 馬場下町交差点

左右に分かれる道の間の鳥居は、穴八幡宮の入口です。
1062年に、源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を収め、八幡神を祀ったことから始まるようです。
名称の由来は、1641年、社僧が南側の山裾に見つけた横穴から、金銅の御神像が現れたことにあるようです。

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7:26 馬場口交差点

明治通りと交差します。
右折すると池袋、左折すると新宿三丁目
なお、神楽坂よりこの後しばらく東京メトロ東西線の上をあるきますが、この明治通りの下には東京メトロ副都心線が走っています。
その両線が交差する馬場口交差点ですが、ここに両線が接続する駅は作られませんでした。

 

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7:31 高田馬場駅

高田馬場駅前に到着しました。
ガードの上はJR(山手線、埼京線)と西武新宿線、地下には東京メトロ東西線が走っており、とても利便性の高い駅です。

 

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7:41 5kmポスト

52分で5km到達です。
地図上での予習では、本日の行程は20km程度と読んでいますので、このペースであれば、所要時間は3時間半くらいでしょうか。
ひとまずのゴール目標時刻を10時20分と定め、先を急ぎます。

 

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7:43 小滝橋交差点

新宿駅西口を出て、青梅街道を越えると小滝橋通りが北に向かって伸びています。また都営バスの「小滝橋車庫」行をよく見かけることから、この名前には昔から馴染みはありましたが、実際に来たのは初めてです。

 

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7:44 小滝橋

交差点の名前の由来は、この小滝橋神田川に架かる橋でした。

 

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7:52 上落合二丁目交差点

山手通りと交差します。

 

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8:11 8kmポスト

8kmポストは、JR中野駅から北、中野サンプラザの裏手にありました。
飯田橋から東西線なら13分、JR中央・総武線でも18分ですが、あるいてみると1時間半弱でした。

 

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8:20 大和陸橋

環七通りと交差します。
環七通り本線は、頭上を大和陸橋で越えていきます。
いつもならば、ここから環八通りまでの時間を計測しますが、今回は直進ではないため、これまでより相当に時間がかかると見込んでいます。

 

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8:31 10kmポスト

距離ポストのすぐ右側には、ごみ収集所があり、ちょうどマンションのごみ置場から管理人さんが運び出しているところでした。
邪魔にならぬよう一応気を使いながらの撮影です。
ちなみに、この5kmも50分といいペースであるけています。

 

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8:46 本天沼二丁目交差点

直進も右折も都道25号線となっています。
あるきろくは「旧早稲田通り」とある右折方向を選択し、先に進むことにします。
その前に、交差点脇にあるCVSにてトイレ休憩&温かい飲み物補充をおこないます。
暖かくなってきたと思っていましたが、雨の中を長時間歩き続けると、手もかじかんでくるし、身体も冷えてきます。

 

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8:56 都道438号線起点ポスト

先ほどの頭上標識では、直進方向も「25」となっていましたが、CVSを出ると目の前にこのポストが立っていました。
都道438号線は、この交差点を起点として、都道4号線・5号線(青梅街道)の井草八幡前交差点を結ぶ特例都道、であるという資料はあります。
都道検索システムを確認しましたが、やはりここから先は「438」であり、先ほどの頭上標識が誤りなのでしょうか???

 

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9:04 杉並下井草郵便局前

本天沼二丁目交差点から、緩やかな坂を上りながら、旧早稲田通りを北上しました。
名称のない交差点ですが、どちらかというと細い方の道へと進みます。

 

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9:07 下井草駅

西武新宿線下井草駅脇の踏切を渡ります。

 

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9:19 環八通りを渡ります

環状八号線を渡ります。
これまで都心から郊外へ向けての放射線状の道をあるいたときには、環七から環八までの時間を計ってきました。
今回は、環七を越えてから道の方角が北向きに変わり、最短距離ではありませんので、参考記録として残すことにしますが、59分でした。
これまでの最短記録は、都道2号東京丸子横浜線の27分でした。

 

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9:26 「所沢道」の記録を残す

練馬区石神井にある坂下公園に「所沢道」の記録を残す石標と解説板がありました。
前回の都道24号線と同様、この都道25号線にも地方主要道と言う割には交通量の多くもない細い道があるのですが、古くには江戸と郊外拠点とを結ぶ大切な位置付けにあったことがこれで分かりました。

 

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9:31 豊島橋と豊島橋交差点

石神井川を豊島橋で渡り、その先の丁字路である豊島橋交差点を左折します。
丁字路突き当りの奥は少し高台となり、禅定院や石神井公園がひろがります。

 

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9:36 謎の「10km」ポスト

謎です。
10kmポストは8:31に通過し、撮影もしています。
ここでの「10km」とは、どこからの10kmを指すのだろう…。

 

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9:38 15.2kmポスト

謎の「10km」ポストから2分あるいて、15.2km。

 

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9:47 星明子?古葉監督??

住宅街の電柱のかげに隠れるように立っていました。
40代後半より年上の男性にしか分からない表現をしてしまいました。
さて、9:38とこの9:47の時間および距離ポストを見る限り、9:36の謎の「10km」ポストは、本来は「15km」ポストでありながらも間違って設置されたものであると確信したところです。

 

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9:55 都道8号線を渡る

谷原交差点以西では富士街道の名称を持つ、都道8号千代田練馬田無線と交差します。
いや、交差というよりも、20~30m程度ですが、一瞬だけ富士街道とご一緒させていただき、すぐに分かれていく、という方が正しい感じです。
丁字でぶつかり左折して、すぐさま右斜めに逃げていく、そんな感じです。

 

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10:05 練馬区南大泉

富士街道と分かれた道は、ここまでほとんどの区間で一方通行です。
でも、google mapではいかにも自動車がたくさん走っていそうな太線で表示されています。
都道」だから、「主要地方道」だから、などを理由に、実態よりも誇張されて表示されているのでしょうかね。

 

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10:25 保谷駅にぶつかる。どう越えていく?

西武池袋線保谷駅のすぐ南に来ました。
都道検索システムでは、保谷駅のホームを挟むようにして南北でつながっているように見えます。
地下をくぐるのか、駅を跨ぐのか、それとも…?

結果としては、保谷駅で分断されていました。

 

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10:28 保谷駅東側の踏切

保谷駅東側の踏切に迂回します。
見る地図によっては、この迂回する道に「25」と附番しているものもあります。

 

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10:31 保谷駅北側から南方向を眺める

電柱と自転車放置禁止標識との間を直進すると、先ほどの壁の位置につながると思われます。

 

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10:31 同じ位置から北側を見る

北側につながる都道25号線はこのような感じです。

 

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保谷駅上空からの写真(1961~1969の撮影)

国土地理院による地図HPより、保谷駅の航空写真を見てみました。
1960年代には、保谷駅のホームも短く、都道25号線の位置に踏切があるのが確認できます。

 

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保谷駅上空からの写真(1974~1978の撮影)

同じく地理院地図HPより1974年以降の写真を見ます。
保谷駅のホームが長くなっていること、また全体的に駅そのものが東側に若干ながら移動しているように見えます。
これにより、1960年代には存在した都道25号線の踏切もなくなり、道路そのものが分断されてしまいました。

 

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10:36 クリーニング店左側の道が…

広い通りにぶつかりました。
でも、都道25号線はクリーニング店の左側を抜けるように続いていきます。
なおここは、車止めにより自動車は通れません。

 

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10:53 西東京市栄町2丁目

ここでも道路延伸工事をおこなっています。
西東京市ひばりが丘で190m、加えて埼玉県新座市内へと抜けるようですが、ここの看板には、あくまでも東京都内の事業計画しか記されておらず、新座市内に抜けた後、どこでどの通りに接続するのかわからない内容になっています。

で、あるきろくはこの交差点を右折し、北へ方角を変えます。

 

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10:58 都県境と21kmポストともう一つの距離ポスト

埼玉県に入るところまで来ました。
切りの良い場所に21kmポストがあった、と思ったら、その足元にもう一つの距離ポスト。

 

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10:58 何故だか21.3kmポスト

21kmポストと1mも離れていないのに、21.3kmポスト。
石神井で見つけた謎の「10km」ポスト同様に、謎が残るポストです。

 

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11:09 栗原交差点

埼玉県に入ってからは10分程度でしたが、この栗原交差点が東京都道・埼玉県道25号飯田橋石神井新座線は終点となります。
栗原交差点は、つい2日前のあるきろく20210311でも通りました。
2日前は今日とは違って、とても良い天気でした。

 

 

ということで本日のあるきろくはここまで。

 

スマートウォッチの計測では、およそ

  時間:4時間20分

  距離:20.5km

  歩数:28,500歩

でした。

ん?距離が合わないですな?
距離ポストの数字だけでも21+αになるはずなのですが…。

まぁ、いいか。

 

さて次回ですが、「26」「27」と欠番が続くため、東京都道・埼玉県道28号青梅飯能線をあるきます。
この路線ですが、実はその大半を、あるきろく20190505においてあるいているのです。
このときは飯能から青梅を通って五日市まであるいたので、逆方向の行程となりますすが、およそ2年ぶりの再訪となることで、いまからとても楽しみにしています。

 












 


 

あるきろく20210311

2021年3月11日 あるきろく 都道をあるく(第19回)

 

今週3回目のあるきろく。
2021年に入ってからの遅れを一気に取り返しに行きます。

 

さて今回は、都道24号練馬所沢線をあるきます。
前回の都道20号から3つ番号が飛びますが、21~23は欠番のため悪しからず。

 

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7:38 谷原交差点

あるきろく20200815であるいた都道8号千代田練馬田無線では、九段下を起点とし、ここ谷原交差点を通過し、田無へと向かいました。
およそ7カ月ぶりの訪問となりました。

 

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7:40 都道8号線との分岐および都道24号起点ポスト

あるきろく20200815では、この分岐を左に入っていきました。
都道8号線は、ここまで目白通りを名乗っていましたが、ここから先は富士街道に変わります。
替わって、都道24号線が目白通りを引き継ぐことになります。

 

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8:00 東京外郭環状道路工事現場

ここまでの道のりにおいて、都道24号は二股に分かれました。
一方は、目白通りの名称を維持したまま、北方へ向かうバイパス道として。
もう一方は、歩道も分離していない、幅の狭い2車線道路となり、名称も大泉街道に変化しての道。
あるきろくは、大泉街道を西方に向けて進んでいくことにしました。
するとこのような工事現場に。
数km南の調布市内で陥没事故を起こしてしまった、東京外環環状道路の工事現場です。
お別れしたバイパス道と関越自動車道とがぶつかる大泉ジャンクションに向けて、工事現場という名の空き地が広がっています。
つい手前まで地下だった道が、ここで地上にあらわれ、大泉ジャンクションで合流する計画です。
ちなみに地図を東京都建設局の計画図と地図とを比較して見ると、路線計画地の形で「地図が真っ黒=建物がない」状態になっています。

 

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8:10 大泉学園北交差点

ここでは直進ではなく、側道のように右に分かれる道へと進みます。

 

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8:15 3.1kmポストと大泉小学校

登校時間と重なり、この道はスクールゾーンとして車両通行止めになっていました。
小学校の脇をなだらかに下りながら、先に進みます。

 

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8:17 中島橋

坂を下り切ると白子川が流れています。
中島橋で渡ります。

 

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8:25 都道24号線のバイパス建設中

突如、左右に整備中の道が現れました。
目白通りとして別れていったバイパスの現終点となる北園交差点と、西東京市を南北に走る伏見通りから東に向けて伸びる道路とをつなぐ工事をしています。
パースを見ても、おそらくは4車線&立派な歩道を備えた通りになりそうです。

 

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8:43 埼玉県に突入

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8:53 新座市立野寺小学校前

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都県境が入り乱れる地図

埼玉県の標識を確認したとき、最後に見かけた距離ポストの数字確認および撮影を怠ったことを後悔しました。
戻るのもしんどいので、そのまま先に進むのですが、路上の設置物のステッカーやマンホールの紋章が、何mか置きに東京都と埼玉県とのもので入れ替わるのです。
この作業を始めて、地図を見て納得するのですが、この辺りの都県境は相当ウネウネしているのですね。
この野寺小学校あたりで、やっと落ち着いた感じです。

 

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8:57 栗原交差点

この交差点は直進します。
頭上の標識にあるように、左折方向は県道25号線ですが、この「25」は東京都道・埼玉県道25号飯田橋石神井新座線のことであり、この栗原交差点を終点とする路線です。
そう遠くない将来に再訪します。

 

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9:08 狭隘道路へ突入します

普通の感覚では直進なのでしょうが、この(都道・)県道24号線はこの交差点で右折し、車がすれ違うにはあまりにも細すぎる道となります。
右手に写るCVSでトイレ休憩&温かい飲み物を購入し、再スタートします。

 

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9:12 神宝大橋

大橋というには少し寂しい規模の橋です。
黒目川という名前ですが、ネットで検索してみると、「『黒目』川≒東『久留米』市」であり、つまりは同じ語源なんです、とする記事もありました。

 

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9:14 目印はありません

何の変哲もない普通の住宅地。
1.7mを最大幅とする標識が立っています。
ほかに目印があるわけではありませんが、その左折方向が都道24号の進む方向です。

 

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9:16 氷川神社と6.2kmポスト

氷川神社という名称はよく見かけますが、素戔嗚尊主祭神とする氷川信仰の神社であり、武蔵国の荒川流域を中心として200社以上存在するそうです。いまいる東久留米市内だけでも、この氷川神社を含め4か所あるそうです。

 

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9:22 ここも目印一つありませんが、左折します

9:14の住宅街での左折時も、あらかじめの予習なくしてただしい道を進むことはできなかったと思いますが、ここもまた、何もない丁字路で左に折れ曲がります。

 

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9:22 6.6kmポスト

曲がってすぐ、6.6kmポストがありました。
間違いなく、正しいルートをあるいていることの証です。

 

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9:24 6.7kmポスト

今日あるいている道ですが、「主要地方道」の東京都道・埼玉県道24号練馬所沢線です。その定義は、高速自動車国道一般国道と一体となって日本の広域交通を担う幹線道路、とされています。
この通りも、そのように認められているということです。

 

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9:24 一旦、2車線の道路に合流します

2車線の通りは「神山通り」というようです。
おそらく市道であると思われますが、主要地方道である都道の方が「合流する」という表現となる不思議な現象です。

 

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9:26 再び狭隘道路へ入ります

この2車線の通りとは50m程度のお付き合いで終わり、右手のCVSの脇へ右折して入り込んでいきます。

 

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9:28 またもや目印なく左折する主要地方道

あるいていてるときには気が付かなかったのですが、写真をよくよく見ると、直進方向は道路の舗装が変わっていますね。路側帯も手前と奥とで異なりますし。
これが、道路法で定めるところの種類が異なり、道路管理者が異なることの目印になるのでしょうかね。

 

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9:29 まるで山道のよう

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9:30 7.1kmポスト

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9:31 7.2kmポスト

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9:33 7.3kmポスト

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9:34 7.4kmポスト

まるで山道に入るかのような雰囲気でしたが、7.1km、7.2km辺りでは左手に「金山森の広場(金山緑地保全地域)」があったからでした。
7.3km、7.4km辺りは住宅街ですが、ところどころ畑が残っています。

 

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9:37 都県境のマンホール

ここで再び埼玉県に入ります。
左のマンホールは東京都東久留米市のもの、右のマンホールは埼玉県新座市のもの。

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マンホールの紋章と東久留米市のHP

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マンホールの紋章と新座市のHP

双方の紋章(市章)を確認いたしました。

 

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9:44 またまた目印なく左折する主要地方道

「目印なく」としましたが、車が直進できないことや、周囲に建物が立つ前においては、角に立つお地蔵さんが目印であったのかもしれません。
それにしても、右に左によく曲がる路線であることは間違いありません。

 

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9:45 そしてすぐに右折するのでした

100mと進まぬうちに、右折します。

 

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9:47 またまた東京都に戻ります

東京都に戻ります。
今度は清瀬市です。

 

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9:48 7.6kmポスト

埼玉県部分は除き、東京都部分だけをつなぎ合わせた距離ですが、ここで7.6kmとなります。

 

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9:53 ここでも目印なく右折

真っ直ぐ進むと西武池袋線清瀬駅ですが、あるきろくはここで右折です。
それにしても、駅から歩いて数分の場所に、こんなに広い畑があるんですね。

 

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9:58 進む先は、正面の細い道

清瀬駅から北に向かうけやき通りと交差します。
直進する都道24号線は、1.7m以上の幅があると通れない区間となります。

 

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9:59 8.4kmポスト

駐車場もありますので、それなりに交通量もあるようですが、そうは言っても細い道です。今回は何度も表現しますが、「主要地方道」をあるいています。

 

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10:00 丁字路にあたりました

車は左への一方通行です。
都道24号線も同じく左折します。

 

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10:01 8.5kmポストと五差路

丁字路を左折して30mも進まぬうちに、五差路が現れます。
その手前には、金色に輝く8.5kmポスト。
目の前の五差路は、右に曲がります。

 

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10:03 あるきろく20201206と同じアングル

五差路を右折して合流した道は、都道15号府中清瀬線です。
あるきろく20201206の8:14の写真と同じアングルで撮影してみました。
都道15号線は目の前の交差点が終点で、重用区間はほんの少しだけです。

 

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10:04 都道15号線の終点 郵便局前交差点

都道15号の終点を示すものはなく、あるきろく20201206では「もしかしたら」ということで、これからあるく都道24号を少し先まであるいていきました。

 

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10:08 「主24」8.7km

ちょうど「km」となる三角柱ポストの場合の場合には記載はあるも、円柱ポストや埋め込みポストでは、あまり「主●●」の記載はありません。
あるきろく20201206においても、このポストを見て、都道15号は先ほどの交差点までだな、と確信したところです。

 

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10:11 9kmポスト

9kmポストは正方形の埋め込みタイプでした。
背後には広大な畑が広がります。

 

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10:20 清瀬橋へのアプローチ

都県境である柳瀬川も近づき、距離ポストをしっかり追いかけていきたいと思った矢先、清瀬橋手前の道が工事中で、迂回路になっていました。
したがって、この辺りでは距離ポストを見かけることなく、清瀬橋に差し掛かってしまいました。

 

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10:20 柳瀬川に架かる清瀬


 清瀬橋を越えると埼玉県となります。

 

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10:21 埼玉県に突入

今回は、練馬区→(西東京市新座市)→東久留米市新座市清瀬市所沢市、と東京都と埼玉県とを行ったり来たりしながらやってきました。
かっこを付けた西東京市新座市では、数m置きにさらに行ったり来たりでしたが。

 

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10:23 直進バイパス、左折旧道

直進する道路が最近完成し、交差点形状も変えている最中、という感じです。
最近と書きましたが、直進方向のバイパス道は2020年3月5日の開通、ということでおよそ1年前です。
直進するバイパスは、この先の松郷交差点で浦和所沢バイパスと呼ばれる国道463号線にぶつかり終点となりますが、数分間ながら車の流れを見る限り、それほど交通量が多いようには見えませんでした。
所沢の中心街に行くには、左折する旧道の方が距離も短くなるので、それほど旧道からバイパスへのシフトがなかった、ということでしょうか?

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(参考) バイパス開通の概要

 

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10:31 武蔵野線をくぐります

緩やかな坂を上っていると、武蔵野線のガードがありました。
ガードの辺りは一旦くぼみになるような感じで、下りて上って、となりました。

 

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10:33 本日1本目のヘキサ

今回は東京都内では1本も見つけることができませんでした。

 

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10:34 頭上標識では県道24号は左へ

予習の段階で困ったこと、所沢市内に入った県道24号線の終点がどこになるのか?
ここをあるいている段階でも、悩んでいました。
地図などでは、バイパスを直進して国道463号線との交点、松郷交差点が終点のようになっており、旧道としても、この先の愛宕山交差点を右折し、県道179号との重用区間を経てバイパスに接続するようになっていますが、他の資料では、毎度おなじみの金山町交差点を終点とする記載もあります。
愛宕山交差点を左に、ということは、金山町交差点終点説が高くなる、ということです。

 

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10:46 愛宕山交差点

先ほどの頭上標識で、県道24号線が愛宕山交差点を左に進むのを見て、やはり悩んでしまい、たまたまそこにあったスーパーの駐車場で、いろいろと検索してみました。
でも、はっきりとした答えが見つからず、こうすることにしました。
バイパス道路の終点になる松郷交差点まであるき、そして金山町交差点までもあるく。
ということで、ここ愛宕山交差点を一旦右折して、清瀬橋の先でお別れしたバイパス道路を目指します。

 

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10:51 所沢市下安松の県道179号線ヘキサ

愛宕山交差点から東所沢和田2丁目交差点は県道24号線と県道179号線の重用区間のようで、地図にもよりますが、「24」の数字が記されているものと「179」の数字が記されているものと、両方を見かけます。
実査において、ここで見つけたヘキサは「179」でした。

 

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10:54 東所沢和田2丁目交差点

写真の右奥が、清瀬橋からのバイパス道路です。
このように、さほど交通量が多いわけではありませんが、ショートカット率は相当なものです。

 

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11:06 松郷交差点

国道463号線浦和所沢バイパスの松郷交差点です。
1枚目の写真の通り、左右は国道463号線、直進は県道126号線です。
2枚目の写真は、松郷交差点を浦和方面へ右折し、数十m行った先で振り返って撮影したものです。
県道24号線がここから(ここまで)ということが分かります。

 

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11:18 愛宕山交差点に戻る

愛宕山交差点に戻ってきました。
東所沢和田2丁目交差点を通らずにショートカットする道を通って戻ってきたところ、ちょうど正面によい標識がありました。
清瀬(橋)方面から所沢(市街)に向けて、県道24号線は走っているということです。

 

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11:21 県道6号線ヘキサ 第1号

埼玉県はヘキサ文化が高いのかもしれません。
一方で距離ポストに関しては、東京都の方がだいぶ意識が高いように思われます。

 

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11:30 県道6号線ヘキサ第2号…

先ほどのヘキサでは気が付かなかったですが、この2本目のヘキサを見て驚きました。
うっすらと、「24」の文字が浮いて見えるのです。
つい最近、上書きしたような、そんな感じです。

 

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11:38 距離ポスト発見

距離ポストを見つけました。
でも、頭頂部数cmが見えるだけで、肝心の数字などを確認することはできません。

 

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11:41 再び距離ポスト発見!

またも出現、頭だけを見せる距離ポスト。
いや、先ほどよりは露出量は多く、2本巻かれているであろう線のうち1本までは見えました。

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11:51 元町交差点

県道6号川越所沢線はここ元町交差点で右折し、北上していきます。
このことは、予習段階で把握できていたので、ここまでが県道6号線と県道24号線との重用区間であるならば、その先はまた単独区間であることを、標識で確認できるだろう、と考えていました。
ところが、この元町交差点には、アプローチ区間も含めて方向を示す頭上の標識がなく、肩透かしを食らってしまいました。

 

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11:56 金山町交差点が見えてきました

既に常連の感もある、金山町交差点が見えてきました。
県道24号線に関する情報が何かあるとよいのですが…。

 

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11:58 金山町交差点

あるきろく20201231以来の金山町交差点です。
もはや、見慣れた景色となりつつあります。
交差点の地面を隈なく探すも、「24」に関する情報は転がっておりませんでした。
したがって、交差する道路の標識がどのようになっているか確認することにします。

 

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12:01 国道463号線から見ると…

あるいてきた道は、東京県道・埼玉県道179号所沢青梅線として表示されています。

 

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(参考)あるきろく20200315 11:09

初めてこの地を訪れた、あるきろく20200315。
県道4号線東京所沢線を北上し、金山町交差点が見えた11時9分に撮影した写真です。
今回はこの角度からの撮影はしていませんが、この時の写真では、所沢(市街)方面の道路は確かに「179」ではあるものの、数字を張り替えたばかりのような雰囲気が漂っています。
ヘキサの数字上書きといい、この写真での張り替えといい、それほど昔ではない時期の作業に思えますが、これは、清瀬橋から東所沢和田2丁目へのバイパスが開通した2020年3月5日の出来事でしょうか。
路線番号の付け替えなども、発生しているのでしょうか?

 

 

そんなこんなで、疑問の残る中ではありますが、本日のあるきろくはここまで。

 

スマートウォッチの計測によりますと、およそ
 時間:4時間20分
 距離:19.5km
 歩数:26,900歩
でした。

 

次は、都道25号千代田石神井新座線をあるきます。
飯田橋を起点に、今回も通過した栗原交差点までの行程となります。

 

それにしても今回は、これまでにあるいた都道19路線の中でも、出色の面白さでした。
主要地方道と言われる路線なのに、まったく「主要」感を感じない区間があったりで。

あるきろく20210309

2021年3月9日 あるきろく 都道をあるく(第18回)

 

2021年に入ってから、実施のペースが少し落ちているあるきろく。
ということで、今回は2日続けての実施で巻き返しを図ります。

 

今回は、都道20号・神奈川県道525号府中相模原線をあるきます。

 

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8:22 府中市役所前交差点

あるきろくでは毎度おなじみの府中市役所前交差点です。
都道20号・神奈川県道525号府中相模原線の起点も、この交差点です。
ここから新大栗橋交差点までは、あるきろく20210121であるいた都道18号府中町田線との重用区間となります。
ということで、新大栗橋交差点までは早送りでお届けします。

 

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8:26 鎌倉街道は右折方向を示す標識

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8:27 府中本町駅入口交差点と武蔵国府跡

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8:29 本日最初の距離ポストは0.4km

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8:30 府中本町駅

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8:33 下河原緑道と交差

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8:36 1kmポスト

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8:39 京王線をくぐります

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8:44 中央自動車道をくぐります

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8:51 再び京王線をくぐります

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8:56 関戸橋に差し掛かります

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8:59 関戸橋から多摩市方向、上流方向を眺める

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9:05 都道No.が沢山の標識

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9:06 都道18号との共用が最後になる距離ポスト

ここまで早送りでお届けしましたが、新大栗橋交差点に差し掛かりますので、通常運転に戻ります。
ここで3.9km、次の4kmポストは都道18号、都道20号それぞれにあります。
都道18号は交差点先の歩道橋の下、破壊された状態ではありましたが…。)

 

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9:06 管理番号をめぐる謎

新大栗橋交差点で少し時間を掛けます。
この新大栗橋交差点は、毎日の生活における通り道であるのですが、いろいろと気になることがあるので、共有をしたいと思います。

謎①:照明塔の管理番号が「19」…

都道をあるくようになり分かったことですが、道路に設置されるものに貼付されるステッカーには、その路線番号が管理番号(の親番)として振られています。
新大栗橋交差点は、
 ・都道18号
 ・都道20号
 ・都道41号
が集まる交差点であって、都道19号はここを通ることはないのです。
(昨日あるいたのが、都道19号でした。)
であるのに「19」とは、なぜ?

 

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9:07 管理番号をめぐる謎 その2

向ノ岡大橋から下ってくる都道41号稲城日野線のバイパスを横断しました。
矢印標識に見える川崎街道の名称ですが、「稲城方面41号・日野方面20号」とはなっているものの、ここから一ノ宮交差点までは、都道20号と都道41号の重用区間です。表示上は、上位路線として「20」を記載していると思われます。

謎②:照明塔の管理番号が「21」…

やはり、この交差点に集まる路線番号とは異なる「21」。
加えて都道には21号線が現存しない(欠番)と、お聞きしております。
現在の都道47号八王子町田線が該当したようですが、1982年4月に番号の振り替え(?)があり、欠番となったようです。

 

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9:08 場所に不釣り合いの巨大懸垂幕

企業広告なので、掲載するのが良いかどうか考えましたが、広告主としてもチャネルが広がるわけで、問題ないものと判断し掲載します。
キャッチーな写真と文言。
毎朝、元気付けられながら駅に向かっています(笑)。

 

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9:09 懸垂幕は一つではないんです

真下から撮影したので大変見づらいのですが、CDの告知です。
自分の生活拠点でこんなことも言うのも変ですが、もっと賑わいのあるところで宣伝すればいいのに、といつも思います。
「人類120歳プログラム誕生!」は稲城方面から、「時代の歌手デビュー!」は府中方面から来れば、車の運転者も認識できるのは確かですが…。

 

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9:09 4kmポスト

あるきろく20200826番外編にて、初出の距離ポストです。
「時代の歌手デビュー!」の懸垂幕の真下にあります。
毎日歩いているのに、本当にこの時まで気付きませんでした。
人間とは視界が狭いものです。

 

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9:17 聖蹟桜ヶ丘駅

毎日利用する駅です。
昨日のあるきろく20210308において、都県境から黒川へ下る途中での風景が35年前と変わりない、と書きましたが、この聖蹟桜ヶ丘駅周辺は、その35年くらい前から急激に変化をした記憶があります。
それまでは、駅の北側には広大な面積ながら屋外式のバスターミナルがあり、現在では駅を覆うように建つ全く建物もなく、また川崎街道の南側も、低層の商業施設と屋外駐車場が無作為にあるような感じ(記憶違いもあるでしょうが…)。

青春のポストは「耳◯を◯ま◯ば」をオマージュして設置されたもので、コロナ前はそれなりにファン(?)の方々が訪れていたようで、スタンプカードを持ってウロウロしている様子を見かけました。

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9:26 一ノ宮交差点

あるきろく20190526で野猿街道をあるきましたが、この時は、都道20号線のバイパスである青果市場東交差点をスタートし、この一ノ宮交差点で都道20号本線と合流し、先に進んでいきました。
あるきろくも2年近く続けているということで、飽きずに続けてきた自分をほめてあげたいと思います。 

 

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9:30 宝蔵橋

宝蔵橋で大栗川を渡ります。
大栗川はあるきろく20190511で、源流を求めています。

 

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9:39 左に曲がると日本アニメーション本社

電柱の看板にあらいぐまラスカルです。
この左に向かう道の先に、日本アニメーションの本社スタジオがあります。
また、難しいことは良く分かりませんが、多摩市と日本アニメーションは、地域活性化に関する連携協定書を結んでいるらしく、アニメやキャラクターを活用して聖蹟桜ヶ丘駅周辺に魅力と賑わいを創出し、地域住民にとって誇りとなるまちづくり事業を展開する、ことになっているらしいです。

 

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9:45 殿田橋から眺める母校

再び大栗川を渡ります。
あるきろく20190511でも触れていますが、ここにおじさんの母校があります。
卒業してからもう31度目の春、を迎えます。

 

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9:51 八王子市に突入します

府中市 → 多摩市 → 八王子市の順にあるいています。
この後、少しだけ町田市をあるき、相模原市へと向かいます。

 

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9:53 T京大学を眺めながら進みます

都道20号の北側の丘陵にT京大学のキャンパスがあります。
おじさんが小学生の頃は、まだこの丘陵だけにまとまっていましたが、気が付くと、近辺に領地を拡大し、目の前のようないかつい建物を建てたかと思うと、終いにはタワーマンションも真っ青な高層ビルまで建てました。この高層ビル、是政橋(← あるきろく20200823)からも見えるほどです。
ちなみにおじさんの卒業した小学校は、数年前に児童数減少により廃校となりましたが、その土地も現在はT京大学のものとなり、付属小学校が建っています。

 

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10:00 多摩都市モノレールを見上げる堰場交差点

モノレールが通るようになってこの辺りの景色も変わり、また公共交通機関の体系も変化しました。
小学生の頃の記憶には、聖蹟桜ヶ丘駅からここ堰場行きのバスがあったような気がします。また、京王相模原線が多摩センター止まりであった時代には、聖蹟桜ヶ丘駅からここ堰場を経由する由木折返場行きというのが標準形であったように記憶しています。
いまは堰場行きはないし、由木折返場行きも一日数本の絶滅危惧種になってしまいました。

 

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10:18 10kmポストは植垣のなか

頭が少しだけ見える状態でも、もう見逃すことはありません。
府中市役所前交差点からここで10kmです。
地図上では、大栗川を挟んで南側に大きな通りが走っていて、この辺りで最も接近します。この通りは、都道158号小山乞田線、通称は多摩ニュータウン通りです。
9時過ぎに新大栗橋交差点で都道18号線と分かれました。
都道18号線は乞田新大橋交差点で左折し町田方面へと向かいますが、多摩ニュータウン通り乞田新大橋交差点からそれを引き継ぐように直進し、そしてこの堀之内あたりで、出会いこそしませんが急接近するようになります。

 

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10:21 大栗川橋北交差点

都道155号町田平山八王子線と交差します。
あるきろく20190526でもこの交差点の写真を撮っていました。
「急坂を登ると、某薬科大学があります。」と記しています。

 

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10:36 野猿街道はここから坂道を上っていきます

一ノ宮交差点から、都道20号線は野猿街道としてここまでやってきましたが、野猿街道都道160号下柚木八王子線となって、野猿峠越えに挑んでいきます。

 

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10:41 由木折返場

先ほど、堰場交差点で熱く語ってしまいましたが、ここが由木折返場です。
いまもなお、ここを通るバスの数は多いのですが、ここから50mくらい離れたところに、普通のバス停然として設置されています。この折返場(転回場)を始発とするバスは、平日の3本しかないようです。

 

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10:42 爆音がしたので見上げてみると

10機ほどの編隊が北に向かって飛んでいきました。

 

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10:48 大田平橋

20190511あるきろくでもここで写真を撮っています。
この時は、一段低い、川辺の散策路をあるいていますが。
この時も、水があまりきれいでない印象を持ったようですが、今回も同様です。
今回は、なぜだか分かりませんが泥水が流れています。

 

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11:07 道路をくぐる大栗川

大田平橋で泥水が流れていたのは、川の中にショベルカーが入り、流路を整えていたからでした。
そんな大栗川ですが、この都道20号線をくぐって道路の向こう側に移動します。

 

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11:18 15kmポスト

15kmポストは、ちょうど多摩美術大学の入口にありました。
車道からは植垣の中に透けて見えますが、歩道側からは隠れてしまって見えません。
写真で見えているのは、フレームの外で一生懸命枝葉を押さえ込んでいるからです。

 

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11:19 大栗川の上流端看板

あるきろく20190511では、ここまで近付くことができませんでした。
塀の上のバス停からの撮影でした。
今回は、つくしが生える草地をフラフラっとあるき、気が付いたら看板を目の前にしていました。

 

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11:26 鑓水交差点が見えてきました

右も左も国道16号です。
ここから先、国道16号に乗っかりながら相模原まで向かいます。

 

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11:30 終点ポストを発見

なかなかお目にかかれない終点ポストですが、気合を入れて探したら、ありました。
「府中相模原線」なので、ここに終点ポストがあるのも考え物ですが、都道20号線の単独区間としては終点、ということでもしかしたら…と探した次第です。
植垣に埋もれているからなのか、「終点」の文字もしっかりと残っています。

 

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11:30 鑓水交差点を左折します

ここを走る国道16号はそんなに交通量が多くはありません。
正面の丘の向こうにバイパスが走り、多くの車はそちらを通るようになりました。

 

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11:42 町田市に突入します

町田市に突入します、ということより、こんなに低い位置に市境看板があることに驚きました。

 

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11:43 おにぎりby16号

この看板も何かおかしい。
歩道にあって、そしてこの看板も高さが低い。
まるでド◯え◯んを見ているようなアンバランスさ。

 

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11:45 国道の距離表示

都道と同じ形の距離ポストも、100m間隔で並んでいましたが、ピッタリkmポストは都道のものより立派というか洗練されているというか、分かりやすいというか、まぁそんな感じです。

 

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11:50 相原交差点

都道47号八王子町田線との交差点です。
高尾駅の東側で甲州街道と交差する形で分岐し、町田駅の南東に向けて走る路線です。
そういえば、ですが、都道3号線をあるいたとき、そして都道18号線をあるいたとき、町田市の中町交差点で、町田街道都道47号線と出会っておりました。

 

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11:51 神奈川県に突入します

有名な境川を渡ると、神奈川県相模原市です。
境川を渡ると」と書きましたが、流路と都県境が一致しておらず、川を挟んで飛び地状態になっている場所がとても多いことで有名です。
ここも、「神奈川県ですよ!看板」は橋の向こうにありますが、地図に見える境界線は東京都寄りに少し膨らんでいます。

 

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11:58 16号バイパスとの合流点

正面の白い車は、あるいてきた国道16号から、バイパスに合流せんと右(写真では奥)来る車列が切れるのを待っています。
おじさんも年に何回か、ここで合流しようと試みますが、大型ダンプが坂の上からものすごいスピードで突っ込んでくるので、何度通っても慣れることができません。

 

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12:00 横浜線の踏切手前で、国道413号線分岐標識を見る

神奈川県道525号線の終点は、相模原市緑区西橋本五丁目の国道413号分岐点と、予習において把握をしました。
となると、この先横浜線の向こうに、ゴールがあるということになります。

 

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12:02 国道413号分岐点

国道16号線の高架橋の下で、なんとも味気ない丁字路なのですが、ここで分岐する国道413号線は山中湖へと向かう壮大なスケール(?)の路線です。

ということで、最後の方は国道16号線との重用区間ということでしたが、都道20号・県道525府中相模原線のあるきろくはここまで。

スマートウォッチの計測によると、
 時間:4時間20分
 歩数:約27,000歩 
 距離:19.3km
でした。

 

さて次は、21~23号線が欠番ということなので、都道24号練馬所沢線をあるきます。
都道8号線で通過した谷原交差点をスタートして、こちらも毎度おなじみの所沢市の金山町交差点を目指します。


 

 

 

あるきろく20210308

2021年3月8日 あるきろく 都道をあるく(第17回)

 

緊急事態宣言、延長です。
先週土曜日は仕事で新宿にいましたが、昼間も夜も相当数の人出でした。
明らかに多いぞ!と思えるくらい。
暖かかったですし、みんな我慢できなくなっているんでしょうね…。

 

そんな土曜日とは一転、冬のような寒さの月曜日、今回は都道19号町田調布線をあるきます。

 

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9:19 井の花交差点

前回のあるきろく20200121、都道18号府中町田線をあるく中で通った交差点です。
今回の下調べもあり、11:04から11:10にかけてこの辺りをうろうろしました。
今回の写真は、11:10撮影の写真と同じように撮ったつもりでしたが、撮影ポイントが少しずれていたみたいです。
まぁ、それは置いておき、スタートです。

 

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9:23 0.2kmポスト

前回あるきろく20210121において、予習済みの0.2kmポストです。
11:06に撮影した写真と比較すると、今日の天気の悪さが際立ちます。

 

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9:24 0.3kmポストも欠損してます

0.2kmポストに続き、0.3kmポストも無残な状態を晒していました。

 

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9:26 0.4kmポストに苦笑

0.4kmポストは無事でした。
無事ではありましたが、頭頂部しか見えておらず、役割を果たし切れていません。
ここまで埋まらないと生き残れない、距離ポストにとっては難儀な路線のようです。

 

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9:29 鶴川四丁目交差点

この少し手前から、進行方向の歩道も分離歩道となり、身の危険を感じずにあるくことができるようになりました。
そしてこの交差点に、ヘキサ標識のお出ましです。

 

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9:30 完全形の0.6kmポストも…

0.5kmポストは見当たらず、そして0.6kmポストでやっと距離を確認できました。
が、この距離ポストも、尋常ではない汚れ様。
やはり、この路線の距離ポストは何かが違う…。

 

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9:42 真光寺十字路交差点

ここで右折すると、鶴川駅の東側を抜けてTBSの緑山スタジオ、そしてこどもの国へと向かいます。
真っ直ぐ進むと、丘の上の住宅街へ。
あるきろくは、標識の通り、調布へ向かうべく左折します。

 

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9:42 本日ヘキサ標識第2号

真光寺十字路交差点を左折し、すぐにヘキサを発見。
そこそこいいペースで出てきます。

 

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9:45 真光寺交差点

X字型の交差点です。
この辺りから、坂の勾配がきつくなります。
この坂を上り切ったところが、神奈川県との都県境となります。

 

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9:53 サミット近くの距離ポスト

ほぼ坂を上り切ったところにあった2.5kmポストです。
草に埋もれていたので、手でかき分けての撮影です。

 

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9:54 神奈川県に突入します

坂を上り切ったところ、つまり丘陵の尾根に当たる位置で都県境を跨ぎます。
この辺りは再び、分離歩道ではなくなり、また車道も狭くなり、そこそこ危険な環境での歩行となります。

 

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9:57 タイムスリップ

神奈川県に入ると同時に、結構な高低差を蛇行しながら下っていきます。
その途中で見える風景は、小学5・6年生の頃(35年くらい前)に見た、自転車で遠出してこの辺りまで来たときと変わらない風景です。

 

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10:03 黒川交差点と小田急多摩線の高架

坂を下り切り、街の雰囲気が戻るや否や、小田急多摩線をくぐります。

 

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10:09 若葉台駅南交差点と京王相模原線の高架

新百合ヶ丘からやってきた小田急多摩線と、調布からやってきた京王相模原線は、この辺りでその間隔を急激に狭め、それぞれこの先のトンネルを越えると、多摩ニュータウン内では完全に並行します。
この辺りの線形を地図で見ると、ダウジングのロッドのよう…?

 

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10:12 東京都に戻ります

東京都に戻りました。
今回注意すべきは、神奈川県を跨ぐときの距離ポストが どうなっているのか、です。
次に現れる距離ポストの表示が見ものです。

 

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10:16 若葉台入口交差点

この写真では、右から左へとあるいています。
奥に走る道は、つい最近できた道です。まだ走ったことはありません。
どこにつながる道なのか、とこの作業をしながら地図を見たら、新百合ヶ丘駅のすぐ近くではないですか。驚きました。

 

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10:19 道路拡幅用地取得済

この辺りも拡幅するんですね。
この辺りはそれほど混雑するイメージがないのですが、やはり通勤時間帯には動かなくなるのでしょうかね?

 

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10:20 3.3kmでした

神奈川県に入る寸前の距離ポストは2.5kmでしたので、県境あたりで2.6~2.7kmくらいでしょうか。
東京都に戻ってから、ここまで8分あるきました。
時速5kmであるけば、650~700mくらいですね。
足し算すると、ぴったりですね。
これで、前回都道18号線をあるいた際に気付いた都道・県道3号線の距離ポストの???が解明できました。

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10:21 どうも大切にされていないんですよね…

3.4kmポストと思われます。
この都道19号線では、距離ポストがどうも大切に扱われていないような気がします。

 

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10:23 「県境」バス停

東京都に入って10分ほどあるいてからの「県境」です。
どういうことか、古地図を見て考えてみました。
鶴川街道は昔から三沢川に寄り添っていました。
調布寄りから、この三沢川に沿って集落が点在していましたが、このバス停がある辺りの集落を越えると、先程通ってきた黒川交差点の辺りまで集落がなかった様子。
ということで、この集落が都内最後の集落であることから県境に当たる、として、地名とは別に「県境」という呼び名が根付いてきた?という説を提案します。

 

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10:26 一歩控えめな距離ポスト

3.8kmポストは、一歩下がって都道19号線を見守っていました。

 

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10:36 久しぶりのヘキサ

本日3本目のヘキサです。

 

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10:40 5kmポスト

分離歩道ではなく、よって距離ポストも路傍の斜面に立っていました。

 

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10:43 武蔵野貨物線の高架

タイミングよく貨物列車が走ってきたので、慌てて撮影を試みたのですが、かろうじて最後の数両のコンテナのみ捉えることができました。
この路線は、多摩川以南はほとんどがトンネルとのことなので、こうやって地上(というか高架)を走るのを見られたことを幸運に思います(少し大げさ)。

 

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10:45 ちょうど高架の下をあるいていたら…。

高架下で距離ポストの残骸を発見しました。
これがまた、昨日今日破壊されたような感じで、破片が飛び散っているのです。
本当にこの都道19号線の距離ポストは、可哀そうです。

 

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10:47 神王橋

真っ直ぐ行きたい…けど、右側の幅広の道には「19」の数字輝く標識が見える。
この辺りは、新旧の道が、本線・支線として入り乱れています。
これまでも基本線は本線をあるいてきましたが、ここではどちらが本線なのか?
ここは一旦、右側の幅広道路を進むことにします。

 

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11:04 稲城福祉センター入口交差点

左も右も19号です。
左は南多摩尾根幹線道路、右は鶴川街道。
路線名称は異なるも、19号線が入り乱れています。
神王橋からここまで数百mですが、17分かかりました。

途中に某CVSがあるのですが、やはりどれが本線か、支線かを調べようと、雨宿りがてら、そのCVSの軒下をお借りして検索しました。
ありがたいことに、このCVSではWi-fiが飛んでいるのですが、さっさと都道検索システムで調べたいのに、スマホがこのWi-fiにつながりたくてつながりたくて、肝心の都道検索システムに辿り着かず。
軒下で、10分以上過ごしてしまいました。

で、やはり神王橋からの真っ直ぐ旧道(っぽい道)を進むべきと、一旦神王橋へ戻ります。

 

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11:08 神王橋リターンズ

旧道風情の道を改めて進むことにします。

 

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11:10 5.8kmポスト

やはり、こちらを進んで正解でした。
こちらが今もなお本線のようです。

 

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11:12 稲城一中南交差点

ATMが大変なことになっている某銀行を正面に、幅広い道路を横断します。
横断しながら左に目をやると、南多摩尾根幹線道路がここから始まらんと大きくアピールしています。

 

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11:15 稲城福祉センター入口交差点 先ほどとは反対側から

少し回り道をしましたが、先ほど一度訪れた交差点を再訪です。
鶴川街道である19号線を進みます。

 

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11:19 再び分岐点

ここでもまた、直進も19号、左へ入るも19号、というポイントに来ました。
左に入る道が「旧」鶴川街道とありますので、こちらが本線、直進がバイパス支線とみて、左側へ進みます。

 

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11:21 無理やり感満載の距離ポスト

もちろん無いよりはある方がよいのですが、ものすごい設置の仕方だと思いました。

 

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11:29 稲城大橋下新田交差点

左右に交差する道も、19号線です。
先ほど直進したバイパス道と川崎街道を越えて稲城大橋とを結ぶ支線です。
もしかしたらと、横断歩道辺りを見回してみると、素敵なものを発見。
ここまで虐げられてきた距離ポストですが、なんと、こんなに文字がくっきりと見える状態で発見できました。
「あるきろく20200823」10:53東長沼陸橋交差点で、その終点ポストと出会いましたが、ここが始点ということです。
そしてその終点は、実はすぐそこに見えるのでした。

 

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11:30 東長沼陸橋交差点はすぐそこでした

左右に走る都道9号川崎府中線とJR南武線の高架、です。

 

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11:31 6.9kmポスト

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11:37 7.4kmポスト

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11:41 7.7kmポスト

なぜか7.7kmポストだけきれいな状態を維持していました。
というより、最近埋めなおされたのでしょうか?

 

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11:43 川崎街道との合流

ここから矢野口交差点までの20mくらいでしょうか、川崎街道との重複です。

 

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11:45 矢野口交差点

川崎街道と直交する鶴川街道ですが、右側は途中で分かれたバイパス道で、左側が多摩川を渡っての調布方面です。
当然ですが、ここから左方向、調布に向かって進んでいきます。

 

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11:46 南武線をくぐります



矢野口駅の東側で、南武線の高架をくぐります。

 

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11:49 多摩川原橋

多摩川を渡ると、調布市に入ります。

 

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12:05 鶴川街道交差点

この交差点名称から察するに、交差する品川通りの方が「格」が上ということなのでしょう。
この品川通りは、古代の武蔵国国府であった府中から、品川を目指す道として成立していたようで、江戸時代に整備されたとされる甲州街道よりも古くから存在するようです。
鶴川街道の成り立ちは分かりませんが、品川通りが圧倒的に強いことには変わりないようです。

 

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12:12 下石原一丁目交差点

甲州街道交点の下石原一丁目交差点です。
ここは、あるきろく20200924において、都道12号線および「武蔵境通り」の起点探しとして、最初に立ち寄った地点です。

 

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(参考)あるきろく20200924 8:56

ゴミ収集車の後方は空き地でした。

 

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12:13 10.3kmポスト

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12:14 10.4kmポスト

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12:16 終点10.45kmポスト

一応、終点に到着しました。
が、wikipediaではこの都道19号線を、ひとつ前の交差点下石原一丁目交差点から都道11
9号との重複により小島町一丁目交差点まで行き、そこからは都道12号線との重複となり、甲州街道交点を終点とする記載がありました。
そう長い距離ではないので、そのルートも辿ることにしました。

 

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12:22 都道119号に入り、小島町一丁目交差点を目指す

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12:24 小島町一丁目交差点

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12:26 都道12号調布田無線の0.1kmポスト

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12:29 小島町交差点を左折し、下石原交差点を目指す

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12:30 再びの下石原交差点

少なくとも、あるき漏れの無いようにぐるりと周遊してみました。

 

そんなこんなで、今回のあるきろくはこれまで。

 

スマートウォッチの計測では、
時間 3時間10分  
歩数 約19,700歩
距離 約14km
でした。

 

さて次回は、東京都道20号・神奈川県道525号府中相模原線をあるきます。
この路線が、自分の実生活に一番馴染みのあるものであり、また、何回かのあるきろくの中で、すでにほぼほぼあるいているコースとなります。

 

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(おまけ) 12:36 甲州道中小島の一里塚

「あるきろく20200113」12:56に撮影して、掲載していました。








 



 

 

あるきろく 20210121

2021年1月21日 あるきろく 都道をあるく(第16回)

 

新たな年を迎えました。
とはいえ、すでに3週間も経ちましたので、おめでたい雰囲気が残っているわけでもないですが。
また、新年早々に、緊急事態宣言が再び発出され、この先の不安ばかりが脳裡によぎる今日この頃です。

さて、そんな丑年のあるき初めをすることにいたします。
今回は、東京都道18号府中町田線をあるきます。

 

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8:41 府中市役所前交差点

あるきろくでは毎度おなじみの府中市役所前交差点です。
都道229号府中調布線(旧甲州街道) 
・埼玉県道・東京都道17号所沢府中線(府中街道)終点
・神奈川県道・東京都道9号川崎府中線(府中街道)終点
の交点でもあります。

そして本日あるく
都道18号府中町田線(鎌倉街道
と次の次にあるく
都道20号府中相模原線
は、ここから数百メートルを神奈川県道・東京都道9号線との重用区間として南下します。

これだけの多くの路線が集まるものすごい交差点です。
ということで、本日もスタートします。

早速ですが、起点ポストらしきものは見当たらず…。

 

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8:44 鎌倉街道は右折方向を示す標識

いまはラ◯ンド◯ン、むかしはイ◯ー◯ー◯ドーだった建物を右手に、右折方向は鎌倉街道、の標識です。
逆光でほとんど見えませんが。

 

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8:46 府中本町駅入口交差点

数百メートル、時間にして5分程度でしたが、共に歩んできた都道9号線とお別れし、西に向きを変えて進むことになります。

 

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8:47 武蔵国府跡

府中本町駅入口交差点の目の前には、大きな広場があります。
駅と大國魂神社との間に位置するこの地には、西暦700年頃に、武蔵国司の館が存在したとのことです。
富士山を望むことのできるこの土地に、次は西暦1600年前後、徳川家康が府中御殿を築き、3代将軍家光の頃まで、鷹狩や鮎漁に際し、休憩や宿泊をしたそうです。

 

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8:48 本日最初の距離ポストは0.4km

本日も起点ポストは見当たりませんでしたが、武蔵国府跡に面した辺りに本日最初の距離ポストを発見しました。
府中市役所交差点からの距離ですね、これは。

重用区間のある都道における距離ポストの設置基準はどうなっているのでしょうか?
あるきろく20201231②では、埼玉県道・東京都道17号所沢府中線をあるきました。
この路線は都道5号新宿青梅線より北の部分で、東京都道・埼玉県道16号線との重用区間です。
17号線では、16号線と分かれたあと、小川町東交差点から南下して初めて、0.2kmポストが出現しました。
そういえば5号線においても、4号線と分かれる田無一丁目交差点に起点ポスト、でしたね。

今後の研究課題とします。

 

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8:49 府中本町駅

JR南武線、JR武蔵野線の乗換駅で、東京競馬場の最寄駅の一つでもある府中本町駅です。
上記の旅客線に加え、貨物線にとっても重要なポイントということで、路線数の割に駅が広く、また構造が複雑です。
南武線上り(川崎方面)ホームを始めて使う人は、絶対泣きたくなるだろうな、と思います。

 

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8:54 下河原緑道と交差

その昔、多摩川の砂利採取を目的とする鉄道がこの地を走っていました。
この路線をベースに、中央本線の支線として「国分寺東京競馬場前」が開業していましたが、武蔵野線の開通時に、その路線の大半が武蔵野線編入されました。
北府中駅から南の部分、多摩川に伸びる路線は貨物線として残りましたが、これもいずれ廃止となり、その跡地がこの下河原緑道として整備されました。

 

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8:56 1kmポスト

最初の1kmは15分でした。
あるきろくとしてはだいぶスローペースです。
下河原緑道は、はじめは通り過ぎたのですが、思い返して戻っての撮影をしたり、そもそも距離の割に撮影数も多い、ということで時間がかかりました。

ゆっくりと、と思う気持ちもありつつ、時間には限りもありますので、ここからはスピードアップしていこうと思うのでした。

 

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9:00 京王線をくぐります

分倍河原駅のホームがチラッと見える位置で、京王線をくぐります。
本日も、スタート地点に向かう際、お世話になりました。

 

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9:05 中央自動車道をくぐります

中央自動車道をくぐります。
道路であることが分かりやすいよう、車が通るタイミングで写真を撮ろうと思ったのですが、これがなかなか来ない。
平日の9時頃、手前側は都心に向かう車線なので、もっと頻繁に通り過ぎるはずなのに、と思いながら、タイミングを待ったのでした。

 

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9:13 中河原駅北交差点

ここまで片側一車線の都道18号線でしたが、ここで大きな通りに合流します。
ここを右折すると(ただし、自動車にとっては左折専用の交差点です)、都道17号線バイパスの新府中街道です。
この通りを北上すると、国道20号線甲州街道)と交差(☞あるきろく20200113)し、その先で都道14号新宿国立線と交差(☞あるきろく20201108)します。

 

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9:13 再び京王線をくぐります

いま京王線では、区部で高架化の工事に取り掛かりつつありますが、この中河原駅は昭和49年に高架化されました。
おじさんと同い年の高架後中河原駅です。

 

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9:20 関戸橋に差し掛かります

数年前から大絶賛工事中の関戸橋です。
架け替え中の橋は、1937年(昭和12年)に架橋されたもので、長さ375.8m、8m幅の13径間ゲルバーRCT桁橋とのことです。「ゲルバー」と書きましたが、全くそれが何なのか分かりませんが、欄干部分に意匠細工がされていたのは記憶にあります。
2015年に仮設橋の設置工事が始まりましたが、すべての工程が終わるまで16年、あと10年かかる工事だそうです。

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9:27 関戸橋から多摩市方向、上流方向を眺める

関戸橋の真ん中あたりでの撮影です。
これからあるいてく方向、そして少し上流よりを向いて写しました。
上流方向に見える橋は、京王線多摩川橋梁です。
このあたりで、府中市から多摩市に入ります。

 

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9:33 都道No.が沢山の標識

もう少しで新大栗橋交差点ですが、直進方向は都道18号府中町田線、左折方向は都道41号稲城日野線バイパス、右折方向は都道20号府中相模原線です。
都道18号線と都道20号線は府中市役所前交差点からここまでが重用区間
ここで都道20号線は都道18号線と分かれ、今度は都道41号線と少しの間重用区間として進みます。

 

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9:34 3.9kmポスト

新大栗橋交差点のすぐ手前に3.9kmポストがあります。

 

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9:36 新大栗橋交差点

1枚目は横断歩道を渡る前の写真。
2枚目は横断歩道を渡ってから、振り返っての写真。
3枚目は交差する川崎街道の標識を大きく写した写真。

1枚目の写真において、右側に建つビルに、大きな広告懸垂幕があります。
何年位前からですかね、ここに吊るされるようになったのは。
とてもインパクトの強い、しかし誰をターゲットにした広告なのか、いまいち掴めない不思議な懸垂幕なのです。

なお、この新大栗橋交差点は、あるきろく20200828番外編において「ねずみ男の頭頂部」と表現しています。

 

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9:37 ヘキサ標識第1号

交差点を過ぎてすぐ、本日初めてのヘキサ標識がありました。
この後、何本のヘキサに会うことができるでしょうか?

 

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9:38 4kmポスト、のはず

先ほどの3.9kmポストから、交差点を渡った先の歩道橋の下、1kmおきの三面距離ポストの足元だけが残っていました。
車がぶつかったのかな?
でもガードレールは別に曲がっていないし、どうしたのでしょうね。

 

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(参考)あるきろく20200826番外編 掲載写真

新大栗橋で都道18号線から分かれた都道20号線は、ここで4kmポストです。
この写真は、あるきろく20200826番外編に掲載しましたが、あるきろくをしていなければ、永遠に距離ポストの存在を知らないままにいたんだろうな…と、この時感じた次第です。

 

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9:42 ヘキサ標識第2号

早速、本日2本目のヘキサに出会いました。
と書きましたが、ここにヘキサがあるのは知っておりましたので、これといった感慨はありません。

 

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9:48 5kmポスト

植え込みに隠れる5kmポストです。
歩道側からはこんな感じですが、車で通るときにははっきりと見えます。
さて、今あるいている鎌倉街道は、多摩ニュータウンの開発に合わせて敷設された新しい道路です。
今は直線化された乞田川ですが、その昔、この辺りでは蛇行しており、その面影として、新大栗橋とヘキサ2号の少し手前の行幸橋との間は、スープ皿のように凹んでいます。
この通りが敷設されるまでの、鎌倉街道としてのメインストリートは、ガソリンスタンドの向こうに見える家々と、さらにその奥に見える木々の間に走っています。
ここには史跡などもあり、その歴史を語ってくれています。

 

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9:54 ヘキサ標識第3号

早々とヘキサ第3号です。
諏訪下橋バス停の脇に立っています。

 

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9:58 ヘキサ標識第4号

続々と出現のヘキサ標識です。
東京都道・神奈川県道2号線(☞あるきろく20200215)の終端部と比べ、どちらがお祭り度合いが強いでしょうか?

 

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10:01 乞田新大橋交差点

都道18号線は、この乞田新大橋交差点で左折し、方向を南に変えます。
真っ直ぐ進む道は、ここから都道158号小山乞田線、名称「多摩ニュータウン通り」に変わります。

先ほど記した旧来の鎌倉街道は、多摩市役所前を通り、ここで右折した先にある乞田交差点から一方通行の路地に入り2枚目写真の鉄塔の手前に出てきます。そして、多摩ニュータウン通りを横切り、マ◯ドナ◯ドの裏手を通り抜けていきます。

 

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10:02 ヘキサ標識第5号

乞田新大橋交差点を左折すると、乞田川を渡る手前にヘキサ標識と京王バス「大橋」バス停と6.1kmポストが3点セットで鎮座しています。
ヘキサは新大栗橋交差点からの2km余りで、もう5本です。
大漁、大漁! 

 

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10:04 手前:京王相模原線、奥:小田急多摩線

永山から多摩センターに向かって並走する2つの高架をくぐります。

 

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10:14 ヘキサ標識第7号とさんかく橋

永山と貝取を結ぶさんかく橋です。
多摩ニュータウンは歩車分離の街で、東は聖ヶ丘(だったはず)から西は鶴牧(だったはず)まで、車道を一歩もあるくことなく移動ができる安全な環境です。
そして、さんかく橋の手前には、7本目のヘキサ。

 

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10:23 埋もれる8kmポスト

ご存じの通り、多摩ニュータウン多摩丘陵を切り拓いて建設された街です。
丘に当たる部分に住宅が立ち並び、谷の部分を幹線道路が走ります。
この都道18号線も、永山と貝取の間の谷を走り抜けるわけですが、イメージとしてはフラットな道であると、数年前まで思っていました。
が、大人になったからなのでしょうか、この数年でこの道のあまりの急坂加減に驚くようになりました。今日は、その道を上り続けています。
乞田新大橋と、この後到達する尾根幹線とで、標高はどれくらい異なるのでしょうか。
調べたことがないので、分かりませんが…。

 

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10:29 南多摩尾根幹線道路

名前の通り東西に走る尾根の上の道、南多摩尾根幹線道路です。
とてつもない幅の中央分離帯を挟んだ道のため、標識でもこんな感じの表示です。
ちなみに、「幻の」東京オリンピックでは、左から右(東から西)に向けて自転車が駆け抜ける予定でした。

 

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10:31 多摩卸売市場前交差点

「引き」の写真で見ても、地図で見てもお分かりのように、とてつもない幅の中央分離帯です。

 

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10:34 ヘキサ標識第8号&第9号

皆さん、見えてますか?
この写真にはヘキサは1つだけではありません。
奥に止まっているトラックの荷台の上に、もう一つヘキサです。
3号線&11号線のようなお団子ヘキサはありましたが、ヘキサ密度という意味ではこれが最上級です。

 

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10:35 町田市に突入

マイホームタウンの多摩市を抜けて、町田市に突入します。
同じように感じている方は絶対に多いと思うのですが、隣り合っている市にもかかわらず、近くて遠い町田市、と昔から感じています。
モノレールは本当に町田まで建設されるのでしょうか?

 

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10:42 ヘキサ標識第10号

尾根幹線からだいぶ坂道を下ってきました。
尾根幹線は、本当に尾根を走っていることが分かります。
さて、記念すべき(?)本日10本目のヘキサです。

 

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10:47 おそらく10kmポスト

4kmポストに続いての、破損ポストです。
「おそらく」とはしていますが、これが10㎞ポストです。

 

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10:52 小野路交差点

2005年に直進方向の綾部原トンネルが開通するまで、ここは丁字路。
全長410mの綾部原トンネルを抜けると、600mほどで新袋橋交差点に到着しますが、これからあるくルートでは、この3~4倍をあるくのではないかと思います。
頂点30度の二等辺三角形の底辺の一部が綾部原トンネル、という感じ。

 

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10:58 11.1kmポストは埋め込みタイプ

小野路交差点を左折すると、今日ここまでにはなかった懐かしい雰囲気の景色を見ながらあるくことになります。なにをもって「懐かしい雰囲気」と言っているかは、分かりませんが…。
しばらくはお目にかかることのできなかった距離ポストですが、この11.1kmを皮切りに、再び定期的に出没してくれることになります。

 

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11:04 井の花交差点

都道18号線はもちろん直進方向ですが、一旦このY字路を左折してみます。

 

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11:06 もぎ取られた距離ポスト

一旦都道18号線から外れ、そこそこ急な坂を上ります。
200mほど進んだところに、思惑通りの距離ポスト。もぎ取られてはいましたが…。
お気付きの通り、ここも都道
しかも、ここは次回あるくべき東京都道・神奈川県道19号町田調布線です。
この起点が先程の井の花交差点です。
次回のスタート地点の確認をし、起点ポストがなかったので、最初の距離ポストを!ということで少し進んでみたのでした。
下調べ終了!!

 

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11:08 急坂の都道19号線から井の花交差点を見下ろす

先ほどの距離ポストから、ここまで220歩でした。

 

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11:10 左18号、右19号

この写真でも、双方の高さの差が分かります。
さて、再び都道18号線を進むことにします。

 

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11:15 大蔵交差点

大蔵交差点です。
二等辺三角形の頂点部分です。
真っ直ぐ進むと東京都道・神奈川県道57号相模原大蔵町線として、東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線とぶつかる金井入口交差点へと至ります。
都道18号線はここで急角度で右折し、東京都道・神奈川県道57号線との重用区間となり、西へ進みます。

 

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11:19 12kmポスト

ここで12kmです。
今日はいつもより時間がかかっている感覚ですが、ここまでで2時間40分くらいですから、4.5km/hですね。
あるきろくのアベレージからすると、だいぶスローペースです。

 

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11:27 新袋橋交差点

小野路交差点から綾部原トンネルを抜けると、この交差点に辿り着きます。
まわりみちしたあるきろくは、時間にして35分、距離にして2.5kmくらいでした。
井の花交差点あたりで、少し時間を費やしはしましたが…。
なお、綾部原トンネルを抜けていたら、750mくらいのようなので8分くらいですかね。

 

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11:29 袋橋交差点

一旦新袋橋まで行きましたが、綾部原トンネルを抜けてのバイパスになるので、旧来の鎌倉街道としての都道18号線をあるくべく、袋橋交差点へ少し戻ります。
この交差点から南方向へ向きを変えてあるいていきます。

 

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11:32 バイパスと合流

ここで新袋橋からのバイパスと合流します。
ここからは、片側1車線の丘越えの道になります。

 

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11:42 まちだリス園と13.8kmポスト

アグレッシブなリスさんたちが沢山のリス園です。
ミトングローブをはめて、その上にヒマワリの種を置いて、柵の辺りに手を差し出すと、それを掻っ攫っていくリスさん達。
最初のうちはかわいいと思っていたけれど、途中から少し怖くなるくらいのアグレッシブさ。

 

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11:53 久しぶりのヘキサ標識第11号

リス園とそのお向かいの薬師池公園の辺りは、小高い丘になっていて、また樹々も茂っていていましたが、坂を下り、空が広い場所に出ると、お久しぶりのヘキサに出会いました。
東京都道・神奈川県道2号東京丸子横浜線では、終盤に怒涛のヘキサ祭りとなりましたが、通算の数では、今日ほど多くはありませんでした。
11本目、レコードだと思います。

 

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12:02 木曽団地東交差点

だいぶ拡幅工事も進捗したようですが、以前は車で通るたび、交通量の割に狭い道だな、と思っていましたので、やっと追いついた感じでしょうか。

 

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12:08 菅原神社交差点

左から来た東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線と合流します。
あるきろく20200308でここを通っていますが、菅原神社交差点での写真はなし。
この時は、合流する手前10:12の写真をアップしていました。

 

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12:09 この距離ポストは都道3号線のもの

あるきろく20200308当時は、ヘキサばかりに意識が行き、距離ポストを存在を知りませんでした。ということで、この距離ポストも初めて意識に刷り込まれたわけですが、16.3km地点ということです。
でも、あるきろく20200308では、スマートウォッチの計測では26.5kmあるいたことになっていますし、 数字が合いません…そうか!神奈川県道部分はしっかりと抜かれているわけですね!!
都県跨ぎの距離ポストの設置のされ方を、今後はもう少し注意深く観察することにします。

 

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12:12 都道3号線はここで左折、の交差点

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(参考)あるきろく20200308 10:17

あるきろく20200308は雨でした。
途中、ビニール傘をさしながらあるきました。

この交差点を境にして、鎌倉街道の名称はそのままに、神奈川県道・東京都道52号相模原町田線になります。
つまり、都道18号線はここが終点、とのこと…です。

 

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12:18 都道52号線の距離ポスト

終点であろう周辺を見渡すも、都道18号線の終点を示すものはありませんでした。
ところが、1枚目の写真。
白い車の後ろの地面に距離ポストらしきものが見えました。
道路を渡って、2枚目の写真。
やっぱり距離ポストでした。
いつも通りに近づいて、3枚目の写真。
都道52号線の距離ポストでした。
ただし、こちらも終点を示す文字は入っていません。

あるくまえの下調べ(=wikipediaなどのネット、道路地図などでの確認作業)では、都道18号線、都道52号線ともに、この分岐付近を終点と認識していました。

が、いま(=この作業中)になり、少しモヤっとした感じがでてきました。
木曽団地東交差点のお知らせ看板に、都道府中町田線は「町田市旭町一丁目」を終点とする幹線道路、って書いてありますが、この交差点は「本町田」「旭町三丁目」「中町四丁目」を分ける地点であり、該当しないのです。「旭町一丁目」はこのままもう少し、先に進んだ地点でした。

もちろん、あるきろく20210121当日は、ここを終点という思い込みと、残念ながら先のお知らせ看板を読み込んでいなかったため、この先旭町一丁目までをあるき、確認をすることができませんでした…。
いつか再訪しての確認が必要です。


ということで、いまいち晴れない気分ではありますが、本日のあるきろくはここまで。

 

スマートウォッチの計測によると、

時間:3時間34分

歩数:およそ24,500歩

距離:およそ17.5km

でした。


次は、東京都道・神奈川県道19号町田調布線です。
今回通った、井の花交差点を起点に、あるきろく20200924の冒頭でも触れましたが、調布市甲州街道との交点まであるきます。
ただ、この終点についても、調べるものによりいくつかの答えが出てくるので、実行するまでにもう少し調べておきたいと思います。


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(おまけ1)12:23 都道3号線16.7kmポスト

町田駅へ向かうついで、あるきろく20200308では探索しなかった距離ポストの所在を確認してみました。
まず一つ、16.7kmポストが埋まっていました。

 

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(おまけ2)12:36 都道3号線17.6kmポスト

都道3号線の終点、中町交番前交差点です。
都道47号線(町田街道)との交差点を越えた三角州のような場所に、距離ポストがありました。
これにも、終点の文字はありませんが…。