あるきろく 〜お散歩日記〜

46歳おじさんの歩き録です

あるきろく20200815

2020年8月15日 あるきろく 都道をあるく(第7回)

梅雨が明けた途端、酷暑がやってきました。
酷暑と新型コロナウイルスの感染拡大とが相俟って、外出を控えるべきであることは言うまでもありません。
しかしながら、あるきろくは先に進みます。

さて、今回は都道8号線を、九段下から目白、練馬を経て西東京市に向かいます。
とにかく、暑さにやられないよう、注意しながらあるきます。

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6:08 九段下交差点

靖国神社を背にして、靖国通りを神保町方面を向いて写真を撮りました。
交差点から左手に向かう「目白通り」をこれからあるいていきます。

 

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6:14 0.5kmポスト

今回初めて出会った距離ポストです。

 

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6:19 飯田橋駅と1kmポスト

写真タイトルに「飯田橋駅」と書きながら、駅の写真を撮り忘れました。
横断歩道がなく、歩道橋が架かる飯田橋交差点に1kmポストがありました。

 

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6:31 国産飛行機発祥の地

神田川に沿って西に進んでいると、この看板が現れました。
「ふ~ん」という感じです…。

 

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6:38 江戸川橋交差点

交差点手前の頭上看板では、8号線は直線と右折の二手に分かれます。
直進する道は「新目白通り」、右折する道が「目白通り」です。
新目白通りを進むと、5km先で目白通りと合流するようです。
ここでは、目白通りを進みます。

 

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6:40 目白坂下交差点

さて、江戸川橋で右折して、すぐにこの目白坂下で左折します。

 

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6:45 椿山荘

よくお名前はお聞きしますが、はじめてお目にかかりました椿山荘。
ここにあったのですね。
それにしても目白坂下からここまでは、驚くような急坂でした。

 

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6:53 4kmポストと日本女子大学

4kmポストの向こうに、歴史を感じさせる赤レンガの塀と建物がありました。
数十メートルあるいたのち、この目白通りを挟む形で、日本女子大学の敷地となっていることを知りました。

 

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7:01 千登世橋から新宿方面を眺める

椿山荘を越えた辺りから、進行方向左手の建物の隙間から、ちらほらと新宿の背の高い建物が目に入ってきましたが、ここ千登世橋は眼下に明治通り都電荒川線が走り、幅広い眺望が得られました。
残念ながら、撮影のタイミングでは、都電は走ってきませんでした。

 

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7:04 学習院大学正門

目白駅脇の門は何度かお目にかかったことがありましたが、正門は初めてです。
風格ある門構えです。

 

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7:07 目白駅

JR山手線の目白駅です。
こじんまりと佇む、可愛らしい駅舎です。

 

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7:20 山手通りとの交差点

山手線を越え、都道8号線は郊外へ向けて放射線状に伸びる趣を強めます。
ということは、「山手通り」「環七通り」「環八通り」とどこかしらで交差します。

 

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7:29 地下には都営大江戸線落合南長崎駅

江戸川橋で別れたもう一つの都道8号線「新目白通り」と、ここで合流します。
道路の形状を見ると、「新目白通り」の先にこれから進む「目白通り」が続き、ここまであるいてきた「目白通り」の先には「新青梅街道」が続く、そんな十字路です。
新青梅街道」も起点となるこの交差点では「440」という大きな番号を背負っていますが、西に進むと「245」となり、最後は「5」、つまり都道5号線となります。
都道5号線は、あるきろく20200321で踏破しました。

 

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7:55 環七通りとの交差点

環七通りとの交差点です。
環七通り本線は豊玉陸橋で頭上を越えていきます。

 

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7:57 10kmポスト

10km到達です。
1時間50分ほどかかりました。
雨の中あるいた都道7号線のペースより、やや遅いですかね。
ここまでに、ペットボトルの水を2回購入し、飲むだけでなく、頭からかぶったりと暑さ対策をしながら、あるいてきています。
それにしても、歩道橋の下、目立つことなく立っていました、距離ポスト。

 

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8:06 練馬区役所

10kmポストを超えた辺りから、道端の雰囲気が賑々しくなりました。
西武池袋線の高架がちらっと見え始めたころ、練馬区役所がありました。
練馬区役所バス停には小さく「練馬駅」とも書いてあったのですが、あるいている最中は駅がどこにあるかわからないままでした。地図で見て、この位置関係だったことを知ります。

 

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8:12 西武池袋線の高架をくぐります

ここで一旦、西武池袋線の北側に回ります。
高架橋はいくつも見ましたが、丸みを帯びたデザインにお花があしらわれており、優しい感じのする高架橋でした。

 

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8:29 環八通りとの交差点

環八通りとの交差点です。
環八通り本線は、練馬中央陸橋として頭上を越えていきます。
環七通りから環八通りまで34分でした。
これまでの最短記録かと思いきや、都道2号線では27分であるいていました。

 

 

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8:41 谷原交差点

関越自動車道の練馬ICへのアプローチポイントとなる谷原交差点です。
交差点のスケール、交通量から、横断歩道はなく歩道橋で道路を越えていきます。
谷原交差点を過ぎてすぐ、「目白通り」はそのまま真っ直ぐ関越道を目指して伸びていますが、その番号は都道24号線となります。
進むべき都道8号線は「富士街道」として西に向かって左折します。

 

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8:43 目白通り富士街道分岐点

1枚目、引きの写真でお分かりのように、右側を直進するのが目白通りです。
2枚目、よく見ると距離ポストが立っていますが、これは都道24号線の起点ポストでした。
そしてあるきろくは、富士街道を進むことにします。

 

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8:45 都道24号線方面を見やる

地図には、別れたばかりの「目白通り」に「8」が附番されています。
でも、先程の距離ポストしかり、遠く見やる頭上の看板標識からも、「目白通り」は「都道24号線」となったことは間違いありません。

 

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8:48 15kmポスト

落合南長崎駅の上(西落合一丁目交差点)から谷原交差点までは、大きな広い道路でしたが、この辺りは生活道路の雰囲気が漂っています。

 

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8:56 西武池袋線 石神井公園駅

15年ほど前に、板橋区成増駅近くに住んでいたころ、たまに石神井公園駅まで来たことがあります。とは言っても、吉祥寺に向かうバスで通過しただけですが。
ただその頃は、線路も高架ではなかったし、駅舎も古めかしいものだった記憶なので、今回とても驚きながら眺めておりました。

 

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8:57 西武池袋線の高架をくぐります

練馬駅の西でくぐった線路を、再びくぐり、西武池袋線の南側に回ります。
ここからは、西武新宿線に向けてあるくことになります。

 

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9:44 「保谷市」富士町三丁目

いつしか練馬区を抜け、西東京市に突入しておりました。
何気なく眺めながら通り過ぎた後に、慌てて写真を撮りに戻りました。
保谷市田無市が合併して、西東京市が誕生したのが2001年。
19年経ちますが、まだまだ昔の名前で出ています状態でした。
この後も、気にしながらあるいてみると、同じ住所表示看板でも「保谷市」と「西東京市」が隣り合うように掲げられていたり、「保谷市」のマンホールが残っていたり、といろいろでした。

 

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9:47 新青梅街道とX字に交差します

落合南長崎駅では都道440号線として旅立っていった新青梅街道も、出世魚の如くここでは都道245号線となり、再会を果たしました。
この地図を見ていると、この交差点の成り立ちが手に取るように分かりますね。
一番最後にやってきた新青梅街道が、いきなり主役に躍り出た、みたいな感じです。

 

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9:51 行く手を阻まれる富士街道

先ほどの新青梅街道との交差点と、同様のパターンです。
それを更に進化させたケース、とでも言いましょうか。
都道233号線が、都道8号線を分断してしまいました。
仕方がありませんので、横断歩道のある交差点まで迂回します。

 

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9:53 迂回先の横断歩道

保谷中南交差点で横断歩道を渡ります。

 

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9:55 都道8号線に戻る

1枚目の写真は、先程あるいてきた都道8号線を、都道233号線越しに眺めています。
2枚目の写真は、この先あるいていく都道8号線です。
何だか、寂しい雰囲気が漂い始めてきた、と思うのは私だけでしょうか?

 

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9:56 20.2kmの距離表示

都道8号線を間違いなくあるき続けていることの証明が、地面に埋まっていました。
このように道幅も狭く、新しい道路に虐げられているような感じも否めない都道8号線ですが、しっかりと管理はされているようです。
惜しむらくは、20kmポストもその昔は、先程迂回をせざるを得なかった都道233号線辺りに立っていたのではないか、ということです。

 

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10:02 西武柳沢駅近く

20.7kmの埋め込みポストです。
20.2km以降は、100m間隔で埋め込みポストが必ずありました。
深い愛情を注がれていることが確認できて、とてもうれしく思います。

 

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10:07 21kmポストは立派

西武柳沢駅前は一方通行の道でしたが、駅を過ぎてしばらくすると2車線道路となり、歩道には植え込みがある明るい雰囲気になりました。
その植え込みの中に、21kmポストがありましたが、埋め込みタイプながらしっかりとした体裁のものでした。
今回こそは、終点ポストにお目にかかれるかも、と期待して、目前に迫った終点を目指します。

 

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10:10 都道4号線と合流 すなわち終点

都道4号線青梅街道に合流し、都道8号線は終点となります。
期待した終点ポストですが、2枚目の写真のこれではないかと思います。
色から想像するに…。
1枚目の写真の右下に写っているように、そのロケーションも抜群というか、絶妙な位置であり、間違いないと思うのですが、残念ながら壊れた状態でした。

 

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10:14 青梅街道から富士街道を眺める

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10:14 あるきろく20200315 9:08と同じようなアングルで撮ってみる

 

ということで、本日のあるきろくはここまで。

スマートウォッチの計測では、時間は4時間と数分、歩数は35,100歩、距離はおよそ26kmでした。
距離ポストのみで考えると、21.5kmくらい?まぁ、いいか。

 

さて次回は、都道9号線&神奈川県道9号線をあるきます。
9号線は起点が神奈川県川崎市で、終点が府中市とされています。
あるきろく20200113で通った、甲州道中の府中高札場のある交差点が終点です。