あるきろく 〜お散歩日記〜

48歳おじさんの歩き録です

あるきろく20191214

2019年12月14日 あるきろく 甲州道中をあるく(5日目)

  

 

前回笹子峠を越えたのは、まだ真夏の8月18日でした。

その後、人生初の入院をしてお休みをすることになりました。

回復を待つうちに、気が付けばいつの間にか冬になっていました。

 

さて、本日は笹子駅からのスタートです。

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100342j:plain

10:24 笹子駅前(阿弥陀街道宿 看板)

すでに10時24分です。

本当は9時には出発したいと思っていましたが、家を出るのが遅れ、電車の接続も悪くこの時間に…。

何はともあれ、4カ月ぶりのスタートです。

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100410j:plain

10:27 笹一酒造前

前回も阿弥陀堂跡を訪ねる際に通りましたが、大きな蔵元です。

天気予報では、暖かくなるとのことでしたが9度でした。

苦行の8月5日と比べると、30度近く気温が異なります。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100424j:plain

10:39 大月市笹子町吉久保 中央本線が遮る旧道跡

笹子川と中央本線甲州道中が絡み合いながら大月市街地方面に向けて進みます。

ところどころ、旧道を近現代の構造物により遮ります。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100437j:plain

10:43 国道20号線の一段上を進む甲州道中

しばらく車通りのない道を進みます。 

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100451j:plain

10:58 白野の一里塚跡

白野の一里塚です。 

日本橋から26里目とのことです。

笹子峠の手前、甲州市では標柱がきれいに管理されていましたが、この標柱は読めなくはないものの、かすれた文字で存在感が薄いものでした。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100505j:plain

11:10 船石碑銘

親鸞聖人が船形の石の上に座って説法を行ったそうですが、その石は水害で流れてしまい、なくなってしまったようです。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100543j:plain

11:14 石仏石塔群

馬頭観音南無阿弥陀仏名号碑などが並びます。

この奥、少し上がったところに首塚があるそうですが、訪れる勇気はありませんでした。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100602j:plain

11:20 中初狩宿 小林本陣跡 明治天皇御小休遣跡碑

下諏訪からの順では、黒野田、阿弥陀街道、白野の次の宿場となる中初狩宿です。

ここにも明治天皇の足跡が残っていました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100622j:plain

11:24 芭蕉俳句の碑

「山賊のおとがいとずる葎かな」

笹子峠の手前にも句がありましたが、松尾芭蕉の実姉が初狩に住んでいたことも、甲州道中に松尾芭蕉の句碑がたくさん存在する理由でしょうか?

笹子駅前にもありましたが、この辺りのポイントには「山梨県東部JR八駅トレッキング推進協議会」の立てた標識がきれいに管理されています。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100643j:plain

11:30 下初狩宿 奥脇本陣

見えている碑には、小説家の「山本周五郎生誕之地」とありました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100701j:plain

11:31 分岐点

初狩宿奥脇本陣跡からすぐ、このような分岐がありました。

あるきはじめのころなら、おそらく左の道に進んでしまうところですが、さすがにもう慣れてきたのか、真っ直ぐの道が甲州道中であることに気が付きました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100720j:plain

11:33 聖護院道興歌碑

「今はとてかすみを分けてかえるさにおぼつかなしやはつかりの里」という歌碑です。

1806年に建てられたそうです。

この先の踏切を渡ると、ツアーでしょうか、20人くらいの集団とすれ違いました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100735j:plain

11:43 源氏橋

先程の踏切を渡った後、しばらく線路脇の心寂しい砂利道を進みます。

この先も山側に道は続くのですが、先の先で、線路と川に遮られるようです。

したがって、ここで橋を渡り、国道に移ります。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100754j:plain

11:44 ちなみに砂利道を奥に少しだけ行ってみる

しばらくは行けそうですが、ガイド本では数km行った先で行き止まり。

ここで引き返します。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100913j:plain

11:46 国道20号から笹子川、中央本線越しに先程の砂利道を望む

まだ道は続いているようですが、仕方がありません。

国道20号を進むことにします。

なお、下初狩宿で一旦離れ、ここで戻ってくるまでに、国道20号日本橋からの距離表示が100kmを切っていました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100943j:plain

11:59 大月警察署付近

以前中央本線の中から見た時にも不思議に思いましたが、大月警察署は市街地から離れた場所にあります。なんでだろう?

ちなみにここの気温は13度。

実はだいぶ前からパーカーを脱ぎ、加圧ロングTシャツと半そでTシャツの重ね着のみで歩いています。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215100957j:plain

f:id:arukiroku_1974:20191215101012j:plain

12:14 下花咲宿 星野本陣跡

立派な建物と誰もが分かるような立派な石碑でお出迎えしてくれました。

以前の建物は1835年に焼失し、この建物は再建されたもの(国重要文化財)のようです。

そしてここにも、明治天皇行幸の痕跡がありました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101039j:plain

f:id:arukiroku_1974:20191215101024j:plain

12:19 下花咲の一里塚

復元されたとのことですが、久しぶりに塚木のある一里塚です。

日本橋から24里目とのことです。

また、一里塚だけでなく、松尾芭蕉の句碑や庚申塔、道祖伸、馬頭観音、そして大月市による解説版などいろいろと並んでいました。しかし、解説版の文字が全く読めないほどに消えていて残念でした。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101050j:plain

12:29 大月宿 溝口本陣跡

宿場の痕跡はなく、「明治天皇御召喚所」の碑のみ鎮座しておりました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101107j:plain

12:30 富士山道追分道標

甲州道中と富士街道との追分です。

石碑をよく眺めたのですが、残念ながら字が読み取れませんでした。

ガイド本によると「右甲州道中 左ふじミち」と書いてあるそうです。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101122j:plain

12:50 駒橋宿近く 厄王大権現

富士山道追分道標からここまでは、交通量の多い通りを離れ、大月駅付近の商店街などを抜けて、ここに至ります。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101139j:plain

13:02 殿上の一里塚

白野の一里塚と同じ、木柱による一里塚跡の標柱でした。

ここも文字がきれいには読み取れない状態でした。

日本橋から23里目とのことです。



f:id:arukiroku_1974:20191215101203j:plain

f:id:arukiroku_1974:20191215101241j:plain

13:16 日本三大奇橋 猿橋

写真では見たことがありましたが、現物を見たのは初めて。

橋脚のない、古い橋となると渡るにも勇気がいるところですが、実際には昭和59年に復元されたものとのことで、安心して渡らせていただきました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101321j:plain

f:id:arukiroku_1974:20191215101403j:plain

13:45 上鳥沢宿

7月12日に歩いた蔦木宿と似た雰囲気がありました。 

ここにも当然の如く明治天皇の痕跡がありました。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20191215101423j:plain

13:48 上鳥沢の一里塚

ここの標柱は、かろうじて字が読める状態でした。

日本橋から22里目です。

 

 

この一里塚は、中央本線鳥沢駅からすぐの場所にありますが、この先しばらく甲州道中は中央本線から離れます。再び接近するのは、20km弱先の関野宿・藤野駅辺りです。

 

今日は久しぶりということもあり、この時点でだいぶ足腰に来ています。

また、この先藤野駅までどれくらい時間がかかるかを考えましたが、3時間では難しく、時期的にも暗くなってしまうだろう、とここ上鳥沢の一里塚で終わりにすることにしました。

体力の問題もありますが、当初予定していた笹子駅9時出発であれば、日のあるうちに藤野駅まで行けたかな、と反省しました。

 

ということで、本日歩いた時間は3時間半弱、距離は18.5km、24,700歩の行程でした。

次回は、上鳥沢の一里塚を出発し、与瀬宿(相模湖駅)を目標としたいと思います。