あるきろく 〜お散歩日記〜

48歳おじさんの歩き録です

あるきろく20190805

2019年8月5日 あるきろく 甲州道中をあるく(3日目)

 

長かった梅雨も明け、毎日暑い日が続きます。

今回は、韮崎宿から鶴瀬宿を目標に、甲州道中をあるきます。
ただし、甲府盆地は暑い!前日は勝沼で37度に達したとか…。

では、スタートです。

f:id:arukiroku_1974:20190808095606j:plain

8:08 韮崎宿本陣跡

ここからはしばらく東南東方向にまっすぐ進みます。

 

f:id:arukiroku_1974:20190808095619j:plain

8:32 甲斐市宇津谷

塩川を渡り、甲斐市に入ったところで、県道から旧道に入ります。
それぞれの家の塀や庭の広さに、雰囲気が漂っています。


f:id:arukiroku_1974:20190808095647j:plain

8:42 一橋陣屋跡

甲州道中から200m程度外れた位置にありましたが、今回はできるだけ多くの史跡を拾い集めていこうと思っていました…この時点では。


f:id:arukiroku_1974:20190808095701j:plain

8:45 松尾芭蕉 句碑

「昼見れば首すじ赤き蛍哉」だそうです。
この時点では、足取りも軽く、いろいろ撮影しながらあるきます。


f:id:arukiroku_1974:20190808095716j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808095730j:plain

8:50 甲斐市志田 旧庄屋の建物

写真にはうまく収められませんでしたが、県道の両側に同じような塀や壁造りの建物が並んでいます。

f:id:arukiroku_1974:20190808095748j:plain

8:57 泣石

 戦国時代のお話でした。


f:id:arukiroku_1974:20190808095819j:plain

9:01 甲斐市下今井

今回最初の難関ポイントでした。
国道20号線と、ここまで歩いてきた県道がX字で交わり、またそこに細い道が加わっていて、どの道が正しいのかとても不安でした。
そんな中、振り返ってみると、こんな優しい案内がありました。
(矢印とは反対方向にあるいています)

f:id:arukiroku_1974:20190808095850j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808095904j:plain

9:09 真っ直ぐ:市川駿河道  左:甲州道中

日差しが強く、字がはっきりと見えません。
日差しが強く、いつもとはまるで別人のように、水分補給を行っています。


f:id:arukiroku_1974:20190808095919j:plain

9:17 甲斐市竜王新町

いくつかのお地蔵さんと、道標がありましたが、近寄ることはできませんでした。
管理状態も、あまりにも酷いなぁ…と思うところです。


f:id:arukiroku_1974:20190808095943j:plain

9:26 甲斐市竜王新町から霊峰を望む

今回は、この辺りが気持ち的にもMAXの状態でした。
盆地に向かって下りが続き、足取りは軽やか。
その向こうには富士山が見える。
街路樹があったりして、涼しい時間も得られました。

 

f:id:arukiroku_1974:20190808114948j:plain

9:37 甲斐市竜王 明治天皇御小休所址碑


今回もまた発見しました、明治天皇の足跡。

f:id:arukiroku_1974:20190808115007j:plain

9:39 竜王駅近く交差点

ここでも優しい心遣い。
でも、もう少し大きく、そしてちゃんとした造作物であってもいいのにね…。

 

 

f:id:arukiroku_1974:20190808115112j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808115026j:plain

10:13 甲府市上石田 「上石田のサカイチ」

甲府市に入りました。
旧道を見逃さぬよう、できるだけ甲州道中のガイド本とスマホを手に持って歩くようにしていますが、これだけ暑いと、汗でブックカバーも破れます。
したがって、分かりやすい目印を決めて、そこまでは本やスマホをリュックにしまって歩くようにしました。
竜王から甲府に入るまでの、とりあえずの目印を「甲州ほうとう小作」として、「小作、小作、…」とつぶやきながら歩いているうち、頭の中ではサブちゃんの与作に変調してしまったほどのトランス状態。


f:id:arukiroku_1974:20190808115129j:plain

10:25 甲府市 身延道追分道標

甲府市の中心部に入ってきました。


f:id:arukiroku_1974:20190808115146j:plain

10:28 甲府市 相生歩道橋

甲府柳町宿を示す碑などを見つけることはできませんでした。
ここまでの宿場の中でも、教来石宿を上回る「何もなさ」です。
この後、暑さ凌ぎで某デパートにお邪魔し、日に当たっていた部分を水で冷やし、日焼け止めクリームを厚めに塗りなおしました。
ここでの30分余りの休息が、あとで影響するとは思いもせず…。 

f:id:arukiroku_1974:20190808115203j:plain

11:07 新聞発祥之地碑

真っ黒で何も見えない写真となりました。
明治5年創刊の峡中新聞(現 山梨日日新聞)は現存最古の地方紙、とのこと。


f:id:arukiroku_1974:20190808115219j:plain

11:41 甲府市酒折 青梅街道追分

実は、今回もっとも楽しみにしていたポイントです。
ですが、それらしい表記もなく、拍子抜けしてしまいました。
新宿追分で再び青梅街道と出会えるのは、いつの日だろうか?


f:id:arukiroku_1974:20190808115239j:plain

12:20 甲府市川田町 川田道標

石和宿の入口(江戸側からだと出口)に当たるのでしょうか。
なお、この手前でも、暑さに耐えられずCVSでアイスコーヒーと某氷菓を購入し、しばし休息。
氷菓はすぐには食べず、タオルで包んで、首に巻いて歩くことにしました。


f:id:arukiroku_1974:20190808115259j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808115323j:plain

12:28 笛吹市石和 石和本陣跡

石和宿に到着です。
下諏訪からでは、甲府柳町宿の次の宿場となります。
このフェンス、ない方がよいと思うのは、私だけではないはずです。


f:id:arukiroku_1974:20190808115342j:plain

12:48 笛吹市石和町川中島 松並木の下を歩く

国道から一段下がったところを旧道は進みます。
風情ある松並木、と思いましたが、植樹は、笛吹川の大氾濫があった後の明治40年であったそう。
石和宿本陣跡からこのあたりまで、小さな交差点があるたび、「☜石和温泉駅」の看板を目にし、とても悩んでしまいました。
ここを過ぎると、しばらく甲州道中と中央本線は離れ離れになります。
悩みながら、当初の予定通り、甲州道中を進むことにしました。

f:id:arukiroku_1974:20190808115401j:plain

12:57 笛吹川の土手より、笛吹川フルーツ公園を望む

観光でこの辺りを訪れるのであれば、あの斜面の方に行くんだろうなぁ…。
ほったらかし温泉にものんびりとつかりたいなぁ…。
とか思いながら、この辺りからは本当に「苦行」という感覚に陥っていきます。


f:id:arukiroku_1974:20190808115418j:plain

13:02 甲州桃太郎街道 標識

可愛らしいネーミングですが、「苦行」中の私にはあまり響きませんでした。
甲州道中は左手の土手道を進みます。


f:id:arukiroku_1974:20190808115436j:plain

13:36 山梨市一町田中 明治天皇御小休所址碑

また、ありました。
道を挟んでCVSがありましたので、再びアイスコーヒーと某氷菓を購入しました。
アイスコーヒーを飲み終わった後の氷を、何のためらいもなく頭に落としての道中リスタートでございました。

f:id:arukiroku_1974:20190808115458j:plain

13:39 山梨市一町田中 旧甲州街道標識①

f:id:arukiroku_1974:20190808115530j:plain

13:43 山梨市一町田中 旧甲州街道標識②

f:id:arukiroku_1974:20190808115553j:plain

13:50 山梨市一町田中 旧甲州街道標識③

この数本の標識を見るうちに、甲州道中は緩やかな坂道になってきました。
本当に緩やかな坂道で、普段なら歩くだけで体力を消費するなど考えられません。
しかしながら、今回は、ここから本当にきつくてきつくて参りました。


f:id:arukiroku_1974:20190808115618j:plain

13:51 大戸屋グループ創業者 生誕の地

f:id:arukiroku_1974:20190808115639j:plain

13:52 山梨市下栗原 栗原宿(千歳屋)

道端は果樹園ばかりで、宿場のような雰囲気も全くなく、突然この標識が目に入りました。
下諏訪から数えると、石和の次の宿場となります。


f:id:arukiroku_1974:20190808115702j:plain

14:03 甲州市勝沼町等々力 道路標識にも「勝沼宿」

ここから勝沼宿、そして横吹の一里塚辺りまでが、今回のピークでした。
体力的にも本当に厳しく、ところどころで膝に手を置き立ち止まる。
日陰になっている、腰かけられる段差を見つけてはへたり込む。
高校の部活以来です、これだけハードに感じたのは。
体力面でだいぶ弱っており、また電車の時刻も気になり始め、精神的にもグダグダな感じになってしまいました。

f:id:arukiroku_1974:20190808115727j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808115753j:plain

14:33 勝沼宿の街並み

先の道路標識の写真の地点から、ここまで1km程度です。
普段であれば10分~15分で歩ける距離ですが、なんと30分もかかりました。
止まって、座ってがあってではありますが、いま改めて、こんなにかかっていたことに驚いています。


f:id:arukiroku_1974:20190808120011j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808120051j:plain

14:37 本陣槍掛けの松・勝沼宿脇本陣

勝沼宿本陣跡に到着です。
下諏訪から数えると、栗原宿の次となります。

f:id:arukiroku_1974:20190808120131j:plain

14:57 横吹の一里塚

おざなりな写真で恐縮です。
下に降りて草をかき分ければよいのでしょうが、その気力がありませんでしたので、国道上から失礼いたしました。
今現在、塚木は無いようです。

f:id:arukiroku_1974:20190808120159j:plain

15:06 横吹の古道

横吹の一里塚を過ぎると、高台を走る国道から逸れて下っていく道があります。
これが横吹の古道で、若干の民家はありながらも、途中からは鬱蒼とした茂みの中を進む感じです。
上を走る国道をくぐったのち、舗装されていない山道を登ることになります。


f:id:arukiroku_1974:20190808120400j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808120420j:plain

15:17 甲州市大和町初鹿野 観音堂

木々が写る写真の土の部分が上ってきた道です。
木々の隙間(右側)に、見えますでしょうか。
オレンジ色のセンターライン。
これが先程くぐった国道です。
いっぺんに高いところまで、葉っぱやクモの巣をかき分けながら上ってきました。

f:id:arukiroku_1974:20190808120448j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808120513j:plain

15:39 鶴瀬宿

なんとか、本日の目的地とした鶴瀬宿に到着しました。
江戸からは31番目の宿場なんですね。
江戸へは、まだ30里27丁…120kmくらい残っているのか!
下諏訪からは23里くらい歩いたことになります。


f:id:arukiroku_1974:20190808120529j:plain

f:id:arukiroku_1974:20190808120551j:plain

15:41 鶴瀬関所跡

8月5日のあるきろくはここまで。
時間にして約7時間30分、歩数は約47,500歩、距離は約38kmでした。


次回はこの関所からスタートすることにします。
いよいよ最難関の笹子越えです。
これまでの経験者の皆さんのブログなどを参考にしながら、シミュレーションをしておきます。
駒飼の一里塚を見るためには、ゴム手袋が必要ですか???